青森県弘前市の見どころ 名所 おすすめの観光スポット 旅の情報!弘前公園 弘前城、弘前城植物園、金剛山 最勝院 (五重塔)、堀越城跡、弘前八幡宮、弘前東照宮本殿、高照神社、津軽藩ねぷた村、瑞楽園、藤田記念庭園、岩木山、津軽岩木スカイライン、嶽温泉郷、弘前市りんご公園、高岡の森弘前藩歴史館..
こちらでは青森県弘前市で人気のおすすめ観光スポット、美しい自然、絶景、名所、旧跡、史跡、文化財、神社仏閣などのパワースポット、文化遺産、歴史遺産、美術館、博物館、歴史的建造物などの特徴と魅力を動画、画像とともにご紹介します。また、弘前市周辺のホテル、旅館、宿泊施設もこちら
から予約出来ます。
弘前市について
弘前のおいたち
「津苅」「東日流」とも記された津軽が、正史に見えるのは、斉明天皇元年(655年)、津苅蝦夷6人に冠位を授けたとあるのが最初です。鎌倉・室町時代には、安藤氏が津軽を支配。その安藤氏も、14世紀初頭に勢力を弱め、のちに初代津軽藩主となる為信が津軽の統一を果たします。為信は領内の開発を進め、慶長8年(1603年)に、後に弘前となる高岡の地に、町割りや、新城の建設を計画しました。その遺志は2代藩主信枚(のぶひら)に受け継がれ、慶長16年(1611年)に完成し、城下町弘前が誕生しました。以後、津軽地方の政治・経済・文化の中心として繁栄します。
明治維新のあと
12代藩主承昭(つぐあきら)のとき、明治維新が起き、明治4年7月、廃藩置県によって「弘前県」となります。9月に弘前県は青森県と改称され、県庁も弘前から青森へと移りました。明治22年4月に市町村制が実施されたとき、全国30市とともに市制を施行し、本県の中枢的役割を果たしました。明治27年には弘前・青森間に鉄道が開通し、31年に第八師団司令部が設置され、軍都としての歩みを続け、さらに大正10年には、現在の弘前大学の母体となる、官立弘前高等学校が開校し、学問的文化的な薫りは、地方文化の水準を高める基礎となりました。
戦後
幸いにも戦災をまぬがれて終戦を迎えた弘前市は、お城とさくらに代表される数々の文化遺産と、恵まれた自然環境を土台に文化都市として発展し、現在では弘前大学をはじめ、大学 4校と短期大学 2校、高等学校 11校を有する、東北屈指の学園都市として成長を遂げています。また、昭和30年、32年には、周辺12町村と合併し、りんごと米の田園都市、全国一のりんご生産圏としての地歩を築いています。
現在
人口の減少や少子高齢化の進展、日常生活圏の拡大、行政ニーズの多様化・高度化、厳しい財政状況など、地方を取り巻く環境が大きく変化しています。これらの課題に的確に対応し住みよい地域社会を実現するため、平成18年2月27日、弘前市、岩木町、相馬村の3市町村が合併し、新しいまち「弘前」が誕生し、津軽地方の経済・文化をけん引しています。
出典 弘前市公式サイト
弘前公園 弘前城
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✨弘前城✨ 青森県弘前市 日本100名城4 2025.10.3 🔹現存天守&3つの現存三重櫓🔹
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津軽統一した藩祖津軽(大浦)為信が築城を計画
2代信枚の時代1611年完成
1627年の落雷で5層天守が焼失
天守、3つの櫓、5つの門は現存で重要文化財
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①天守 #重要文化財
⭐️現存天守
9代寧親が櫓造営の名目で幕府の許可を得て
1810年完成
当時は御三階櫓と呼ばれていた
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②下乗橋
本丸と二の丸を結ぶ橋
藩士は馬から降りるよう定められていた
天守は石垣修理で70m移動している
天守石垣工事長尾🚧
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③二の丸丑寅櫓 #重要文化財
⭐️現存三重櫓
方角を十二支で示したもので北東に当たる
現存する3つの櫓は3層建てで同じ形をしている
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④二の丸辰巳櫓 #重要文化財
⭐️現存三重櫓
方角を十二支で示したもので南東に当たる
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⑤二の丸未申櫓 #重要文化財
⭐️現存三重櫓
方角を十二支で示したもので南西に当たる
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⑥三の丸追手門 #重要文化財
4代信政の代に参勤交代経路が変更され
それに伴い大手門(正門)とされた
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⑦北の郭北門 #重要文化財
現在は搦手門だか築城時は大手門だった
他の4門に比べて規模が大きく銃眼がない
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⑧二の丸東門 #重要文化財
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⑨二の丸南門 #重要文化財
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⑩三の丸東門 #重要文化財
出典 Instagram
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弘前公園の花見に行って来ました🌸満開と好天に恵まれ、絶好の花見日和でした‼️
1・2枚目は春陽橋と桜のリフレクション
3枚目は春陽橋からの夜桜リフレクション
4枚目は隠れスポットとして話題となっている「桜のハート」
5枚目は弘前名物「花筏」
6枚目は弘前城と枝垂れ桜
7枚目は岩木山と桜
出典 Instagram
弘前公園 弘前城の特徴
弘前公園(別名:鷹揚公園、鷹揚園)は、弘前市の中心部に位置する、総面積約49万2000平方メートル(約14万9000坪)にも及ぶ公園です。その敷地はもともと、藩政時代に弘前藩10万石を治めた津軽家代々の居城であった、弘前城が基になっています。
弘前城、その築城までの経緯
弘前藩初代藩主である津軽為信(ためのぶ)が、主家である南部氏からの独立を果たし津軽地方を統一したのが1588年(天正16年)のことでした。その後、為信は津軽地方を治めるために新たな城を築くことを決意し、現在の弘前の地を選定しました。これが1603年(慶長8年)のこととされています。当時、この地は旧名の高岡(鷹丘)と呼ばれていました。
築城後の弘前城
岩木川の河岸段丘上に築かれた弘前城は、本丸をはじめ6つの曲輪で構成されました。本丸南西の五層五重の天守をはじめ多数の櫓と門を備え、石垣と土塁で防備を固め、周囲に水濠と空濠を巡らし、岩木川そのものも濠の一部とすることで、弘前城は万全の防御態勢を整えていました。さらに城の外側も、禅宗の寺院を一か所に集めて出城とした長勝寺構や、五重塔を見張り台とした新寺構などを要所に形成し、城下町そのものをひとつの城とする「惣構」という仕組みが立てられていました。これは、東北のはるか片隅に位置する外様の小大名の居城としては破格の規模でした。幕府が津軽家にこれだけの城を築かせることを認めたのは、信牧の正室である満天姫が神君徳川家康公の姪で養女だったためだとも、津軽家をして南部、佐竹、伊達などの有力な東北の外様大名を牽制させるためだった、とも言われています。
寛永4年(1627年)、本丸南西の5層天守は落雷により発生した火事によって焼失します。土地の旧名「高岡」が、現在の「弘前」に改められたのはその翌年のことで、これには魔除けの意味がこめられていたと言います。その後、弘前城は長い間、天守を持たない城となりました。これは、幕府が定めた武家諸法度により天守の新造の許可が得られなかったためだと言われています。しかし文化7年(1810年)、ロシア船の津軽海峡往来などの事態から、幕府は弘前藩に蝦夷地(北海道)の警備を命じ、あわせて新しい天守の造営を認めたのでした。弘前藩は、当時本丸にあった辰巳櫓を改築しました。すなわち、これこそ今に残る弘前城の天守なのです。
やがて明治維新により、江戸幕府は倒れ、日本は近代化の道を歩んでいくことになります。当然ながら弘前藩も解体され、明治4年(1871年)には弘前城も、兵部省、後には陸軍省の管轄となります。この時、本丸御殿玄関礎石や宝物蔵、籾蔵、武芸所などの施設は解体されましたが、天守や城門、櫓は保護されました。
明治28年(1895年)には、陸軍火薬庫・兵器廠として使用された三の丸を除いた区画が、公園として弘前市民に開放されました。以後、第二次大戦の戦災もまぬがれた弘前公園は、市民の憩いの場として、そして津軽地方の観光の中心地として全国から多くの人が集う名所となり、今に至っているのです。
園内には、天守をはじめ今も藩政時代の面影を残す櫓や城門などの遺構が残されています。これだけの規模の城郭が史跡ごと、往時の姿を留めつつ公園として開放されている例は、全国でもあまり見ることがありません。現在では、春には日本一の呼び声高い桜祭りが、秋にはお濠や天守の白壁も真っ赤に染める紅葉まつりが、そして冬には巨大雪像やミニかまくらも多数作られる雪灯籠まつりが催され、夏に市内を運行するねぷた祭りとあわせて、四季を通じたイベントの舞台となっています。
出典 弘前公園公式サイト
所在地:青森県弘前市下白銀町1
アクセス
JR弘前駅より徒歩約25分
JR弘前駅前弘南バス乗り場より、土手町循環バスに乗車(所要時間約15分)、市役所前下車
地図
弘前城植物園
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☂️の弘前城植物園🍃
本日は年に一度の無料開放日♪雨で植物たちがより色鮮やかで美しかった~(’-’*)💓
出典 Instagram
弘前城植物園の特徴
弘前公園三の丸にあり、約1,500種の樹木や草木が植栽されています。散策所要時間は約40分~1時間で、園内は四季折々の景観が楽しめます。
所在地:青森県弘前市下白銀町1
アクセス
JR弘前駅より徒歩約25分
JR弘前駅前弘南バス乗り場より、土手町循環バスに乗車(所要時間約15分)、市役所前下車
地図
金剛山 最勝院 (五重塔)
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青森県弘前市
金剛山 最勝院
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五重塔が立派
東北一美しいと言われる塔
出典 Instagram
金剛山 最勝院 (五重塔)の特徴
大圓寺6世京海(3代藩主信義代)の発願により明暦2年(1656)に企画され、寛文6年(1666)に建立された建造物です。平成3年(1991)台風19号の被害で倒壊の危機に瀕しますが、解体復旧工事により同6年(1994)秋に完工、翌7年春に竣工式が行われ完成しました。
初代藩主為信代の戦国時代津軽統一時に戦死したすべての人々を敵味方の区別なく供養するために建立したと伝わります。総高は約31.2㍍で、日本最北端に位置する重要文化財五重塔です。青森県で最初に指定された重要文化財建造物で、その指定説明に「実に東北地方第一の美塔なり」と賞讃されるように〝姿が美しい〟と全国にその名を馳せる有名な五重塔です。斜め45度が最もその美しさが際立つとされ、訪れた方は必ずと言って良いほど写真を撮影して行く、弘前の中でも絶景写真スポットの一つとなっています。
出典 弘前観光コンベンション協会公式サイト 金剛山 最勝院公式サイト
所在地:青森県弘前市銅屋町63
アクセス
JR弘前駅より土手町循環バス「本町」下車 徒歩5分
地図
堀越城跡
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堀越城跡
(青森県弘前市)堀越城は弘前藩の初代藩主である津軽為信が最後の居城としていた城。
津軽氏が1594年(文禄3年)から弘前城に移る1611年(慶長16年)まで居城としていました。
国道7号線沿いに位置し、城址は現在史跡公園として整備されていています。
堀や土塁の復元がされていて、広大な敷地でありながら散策がしやすい史跡です。
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堀越城跡の特徴
堀越城は、弘前藩の初代藩主である津軽為信が、最後の居城とした城です。為信が大浦城(弘前市五代)から居城を移した1594 年(文禄3 年)から、二代藩主信枚が、高岡城(のちの弘前城)へ居城を移すまでの約17 年間、津軽の中心として機能しました。現在の堀越城跡の形は、本丸を中心として、周囲を家臣等が住む二之丸、三之丸、外構[そとがまえ]等の曲輪[くるわ]が取り囲む平城となっていますが、この城の形は、為信が文禄3(1594)年の堀越への居城移転の際に行った大改修により作られたものと考えられています。
所在地:青森県弘前市堀越柏田
アクセス
東北自動車道 大鰐・弘前インターチェンジから国道7号を市街地方面へ北上して約10分。
弘前城跡(弘前公園)から県道3号「弘前岳鰺ヶ沢線」を国道7号方面に東へ進み、国道7号を石川・大鰐方面へ南下して約20分。
JR弘前駅から弘南バス「大鰐・碇ヶ関線」で約20分。
地図
弘前八幡宮
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弘前八幡宮⛩️ 八幡宮
弘前総鎮守 津軽総鎮守 弘前城守護御祭神
誉田別尊(応神天皇) 気長足姫尊(神功皇后)
比賣大神(玉依姫神)創建 慶長十七年(1612年)
境内掲示抜粋
御由緒
弘前八幡宮の草創は平安時代初期 坂上田村麻呂が蝦夷征伐で苦戦を続けたとき八幡村(現岩木町八幡)に小祠を建て宇佐八幡宮を遥拝し、武運を祈願したことに始まると伝えられています。
その後二代藩主信枚公 弘前城を築くに際し、城の鬼門(東北方)を守護するため、それまで百年余大浦城の守護神として崇敬されてきた八幡宮の御神躰を慶長十七年(1612年)八幡村から弘前のこの地に奉遷した。以下略境内社
高山開運稲荷神社 保食大神 田代大神 法壽稲荷神社青森県弘前市八幡町1-1-1
出典 Instagram
弘前八幡宮の特徴
弘前城の鬼門(風水で北東の方角をいう)の押さえとして八幡村(旧岩木地区)から遷座されたものです。藩政時代は、領内の総鎮守の社でもありました。軒の唐破風や四隅の軽いそりなどの屋根部分が特徴的です。
出典 青森県観光国際交流機構公式サイト 弘前八幡宮公式サイト
所在地:青森県弘前市八幡町1丁目1−1
アクセス
JR弘前駅より/徒歩で30分
車で10分
青森空港より/車で40分
大鰐弘前I.Cより/車で30分
地図
弘前東照宮本殿
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【#弘前市 旧弘前東照宮】
今はもう神様がいない本殿1617年に東照宮勧請の先駆けとして創祀。
1628年に当地へ遷座した際の建物が数回の改築を受けながら現在にその姿を残し国の重要文化財に指定されています。平成24年には伊勢山皇大神宮に次ぐ二例目の破産により本殿が100万円で売却されたといいます。
現在本殿以外は取り壊され、御祭神は黒石市の黒石神社境内に遷っています。
出典 Instagram
弘前東照宮本殿の特徴
東照宮は、元和3年(1617年)2代藩主・津軽信枚が弘前城内に勧請、寛永元年(1624年)現在地に移されました。この本殿は、寛永5年(1628年)に建立されたものです。桁行3間・梁間3間で入母屋造こけら葺で妻入です。身舎は総丸柱で四周に縁をまわし、軒唐破風付きの1間の向拝との繋ぎに海老虹梁を用いています。内部は内陣と外陣に仕切られ、内陣は天井を格天井、床の前半を板張黒漆塗、後半を一段高く作って板畳としています。外観は素木造の簡素なものですが、鬼板などに彫られた葵紋が本社の由緒をあらわしています。彩色、金具などの装飾を一切用いておらず、組物等に古色を残しています。細部の彫刻をはじめ主体部の構造形式にいたるまで、桃山時代の建築技術が生かされており、県内の神社建築のなかでは、屈指のものです。昭和28年(1953年)11月14日、国の重要文化財に指定されています。
所在地:青森県弘前市笹森町38−2
アクセス
JR弘前駅より弘南バス 土手町循環100円バス「文化センター前」下車 徒歩約10分
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高照神社
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青森県弘前市高岡。
高照神社。
国重要文化財。弘前藩4代藩主津軽信政を祭神とする。
神社には珍しく狛犬はいないが、津軽藩の紋「津軽牡丹」の腹帯を巻いた神馬が奉納されている。
5枚目、社殿にも津軽牡丹。
6枚目、奉納された絵馬。このほかにもたくさんの絵馬が拝殿や、隣接する「高岡の森 弘前藩歴史館」に掲げられている。
7〜9枚目、拝殿から本殿へ、10〜12枚目、随身門。随身門の土台となっているすべての石に縦の線が入っているのはどういう意味なのだろう?故意に傷を付けたとしか思えないのだが。
13〜14枚目、廟所へ続く道は立入禁止🚧。
🐻の関係かな⁉️15〜16枚目、復元された馬場。
17〜18枚目。
「高岡の森 弘前藩歴史館」にて「津軽信政展」が開催されていた。
信政公が着用した甲冑。19枚目。
写真を見てお気づきと思うが、高照神社は老朽化が進み、傷みが激しい。
藩政時代から、高照神社の維持管理は、藩の命により門前集落の人々によって担われてきたのだそうだ。明治に入り、弘前藩がなくなってからもなお、高岡の住民が神社の維持管理を続けた。
驚くべきは、国の重要文化財となった現在も、修理事業実施において資金面はじめ労働力の負担の多くは高岡の住民にかかっているのだという。今年、高照神社の修理のためのクラウドファンディングが行われ、資金が集められた。
また、昨冬の豪雪の後、神社が潰れそうなくらい積もった雪を、多くのボランティアが参加して片付けたのも記憶に新しい。20枚目、高照神社の参道を望む。
美しく修繕された神社が早く見たい😊
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高照神社の特徴
高照神社は、4代藩主・津軽信政を祀っています。
吉川神道を信仰した4代藩主・津軽信政は、自らの葬地を岩木山麓の高岡と定め、宝永7年(1710年)に死去しました。その遺言に従って、5代藩主・津軽信寿により神葬され、正徳元年(1711年)に廟所、翌年には本殿などが建立されました。享保6年(1721年)には門前に小者を配置し現在の高岡集落の元をつくりました。その後、7代藩主・津軽信寧が拝殿を造り替え、9代藩主・津軽寧親が随神門、廟所門を整備しました。社殿群が岩木山山麓に東西の軸線上に並んでいます。「津軽信政公墓」のある廟所は、本殿の約200メートル西方にあります。
本殿は、桁行3間・梁間3間の入母屋造こけら葺で、屋根の正面に千鳥破風を載せており、一段低く造られた1間の向拝には、唐破風を付けています。内部は一室につくり、外廻りは丹塗、内部は朱漆塗。中央基壇上に方一間の宮殿を置いています。
中門は、1間1戸の平唐門のこけら葺で柱間装置は両開桟唐戸。本殿から中門に至る西軒廊と、中門から幣殿に至る東軒廊は、桁行4間、梁間1間の切妻造こけら葺で、東軒廊の幣殿側1間は一段高い屋根とされています。天井はなく化粧屋根裏で石敷きの床に連子窓を連ねています。
拝殿と幣殿は一体となった建築で、背面を突出した凸型平面です。拝殿は、桁行7間、梁間3間の入母屋造こけら葺で、総円柱、入母屋造で正面千鳥破風付、三間の向拝に軒唐破風を載せ、極彩色の透彫の彫物で飾っています。内部は梁間方向の前一間通に円柱を立て、前方を外陣、後方を内陣に区切っています。幣殿は、正面3間、側面2間の切妻造こけら葺で、両開板扉で拝殿背面中央に接続しています。拝殿、幣殿ともに外廻りは丹塗で、内部はともに弁柄塗です。拝殿前方の随神門は、3間1戸の八脚門で、正面と両側面に縦連子を入れ、丹塗の切妻造鉄板葺。高塀が左右に延びています。
本殿の後方に位置する廟所は、石造の津軽信政公墓二基が前後に並び、その前面の廟所拝殿、正面の廟所門で構成され、周囲に石垣と土塁を築き、瑞垣と木柵を廻しています。廟所門は素木で、背面に立つ控柱と貫で繋ぎ、両開板戸を付けています。廟所拝殿は内部は一室で、床は板敷、天井は棹縁天井。外廻りは丹塗で、内部は床から天井まで朱漆塗です。廟所拝殿は、桁行3間、梁間2間の切妻造銅板葺で、背面中央に正面1間、側面1間の切妻造の突出部を設けています。廟所門は、一間腕木門で、屋根は起りのある切妻造銅板葺です。
本墓と呼ばれる後方の津軽信政公墓は、二重の八角形石造台座の上に八角形石柱を立て、頂部に笠石を載せています。拝墓と呼ばれる前方の津軽信政公墓は、三重の方形石造台座の上に方形石柱を立てています。
高照神社全体として、独特な社殿構成であり、全国的にほとんど類例がなく、近世神社建築の展開の一端を示すものとして価値が高く、更に江戸時代中期の神社建築の特徴をよく表していることから、平成18年(2006年)7月、本殿をはじめとする建物8棟と4代藩主・津軽信政公墓が、国の重要文化財に指定されています。
所在地:青森県弘前市高岡神馬野87
アクセス
JR弘前駅より弘南バス 弘前~岩木庁舎線・枯木平線「高岡」下車 徒歩約1分
地図
津軽藩ねぷた村
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津軽藩ねぷた村
弘前ねぷたまつりは見たことがあるので、その展示資料館のようなものなら見なくてもいいかな、という気持ちもあったのですが、期待をはるかに上回る内容でした。これならもっと早く、家族も誘って行けばよかったと思うほどです。
入村券を購入して館内に入ると、ねぷた、ねぶたについての丁寧な説明を聞きます。その流れで太鼓の叩き方を教えてもらい、体験もさせてもらいました。
その後はスロープを上りながらねぷたを見ることができます。
低い位置から見上げるのと、ねぷたと同じくらいの高さから見るのとでは印象が違います。
高い所から見るとねぷたとの距離が近く、大きさが分かりやすくて、より迫力を感じました。
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津軽藩ねぷた村の特徴
ねぷた囃子や津軽三味線の生演奏が聴けるほか、金魚ねぷたに絵付けしたり、民工芸品や特産品を買ったり、津軽料理を食べたりと、津軽の魅力をまるごと体験できる施設。津軽の「見る・聞く・食べる・買う・体験する」が揃っています。
出典 青森県観光国際交流機構公式サイト 津軽藩ねぷた村公式サイト
所在地:青森県弘前市亀甲町61
アクセス
JR弘前駅よりバスで約15分
東北自動車道大鰐ICより約25分
青森空港より車で約40分
東北新幹線新青森駅より車で約50分
地図
瑞楽園
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国指定名勝「瑞楽園」は #津軽 藩時代に庄屋をつとめた #豪農 ・對馬氏の館に造られた枯山水庭園。
明治〜昭和期にかけて築庭された #大石武学流 の座敷鑑賞式(座観式)の庭園で、作庭は #高橋亭山 が着手し、#池田亭月 が完成させたとされます。
天気もよく庭園の下手側には「津軽富士」岩木山🗻ものぞむことができました!
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瑞楽園の特徴
国指定名勝 瑞楽園
大石武学流枯山水式庭園「瑞楽園」とは、津軽藩政時代に高杉組の大庄屋を代々つとめていた当宮舘地区の豪農對馬家の書院庭園として、二度にわたる造庭工事のすえ完成された庭園です。
この庭は、明治23年春から明治38年秋までの15年の長い歳月をかけ、当時の武学流造園の庭師では第一人者といわれた高橋亭山が造庭に着手したのがはじまりで、これを昭和3年から亭山門人の池田亭月と外崎亭陽の二人が増改庭し、昭和11年に完成しました。書院建物前を広くとり、飛びはねなければ渡って歩けないような二筋の大きな飛石を配し、庭園奥に枯滝や枯池を設けて石橋を架け、右手背後に低い築山を、左手奥に小高い築山を築き随所に巨石を組み、燈籠をたてるなど、当地方に伝わる大石武学流庭園の造庭技法が良く残されている庭園です。当園には、庭園右手奥の稲荷神社鳥居前に庭園由来を記した石碑や、亭山・亭月・亭陽が各々増改庭する際に描いた庭図も残されています。
所在地:青森県弘前市宮舘宮舘沢26−2
公開期間
4月15日〜11月15日(※11月16日~4月14日は冬期休園)
公開時間
9:30〜16:30
入園料
無料
アクセス
弘前~弥生線
弘前バスターミナル乗り場 3番
弘前駅乗り場 6番
折笠バス停下車 徒歩20分
地図
藤田記念庭園
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藤田記念庭園の特徴
藤田記念庭園は弘前公園に隣接し、弘前市出身の藤田謙一氏が大正十年に別邸を構える際、東京から庭師を招いてつくらせた江戸風な景趣の庭園です。その後、弘前市が市政施行百周年記念事業として整備し、平成3年7月に開園しました。総面積は約21,800m2(約6,600坪)あり、東北地方においては平泉毛越寺庭園に次ぐ大規模な庭園です。園内は高さ13mの崖地をはさんで、高台部と低地部に分かれており、高台部は岩木山を眺望する借景式庭園で、洋館・和館・匠館が建ち、建物の中を見学する事ができます。低地部は池泉廻遊式庭園で、散策しながらハナショウブ、ツツジの群落、滝などの景趣の変化を楽しむことができます。
所在地:青森県弘前市上白銀町8−1
アクセス
東北自動車道 大鰐・弘前インターより 車で30分
弘前駅より タクシーで15分
バスで20分「市役所前公園入口」下車 徒歩3分
地図
岩木山
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岩木山の特徴
津軽平野に裾野を広げ、たたずむ岩木山。青森県内で一番高く(標高1624m)、その周辺地域からは、どこにいても見ることができます。岩木山を背景にリンゴ畑や菜の花畑、広大な田んぼ、白鳥の飛来など場所や季節によって全く違う表情を見せてくれるフォトジェニックな山であり、「お岩木山」と津軽人から慕われるシンボリックな存在でもあります。
日本百名山のひとつながら、8合目まで津軽岩木スカイラインが完通し、9合目まではリフトで行くことができるため、40分ほどのトレッキングで登頂が可能。9合目付近では6月~7月頃に岩木山特有の高山植物「みちのくこざくら(別名イワキコザクラ)」が咲きます。山頂からは八甲田山や津軽半島の権現崎と十三湖、七里長浜、鯵ヶ沢から大戸瀬まで、遠くは北海道の松前崎まで見渡せます。
山頂への登山コースは5本。初心者から上級者まで幅広い層の方が楽しめます。行きはリフト、帰りは登山道というコンビネーションで山を楽しむ手も。
百沢登山道:5時間コース(中・上級者向き)
嶽登山道:4時間コース(一般・初心者向き)
赤倉登山道:4時間30分コース
弥生登山道:5時間コース
長平登山道:4時間30分コース
山の麓には様々な泉質の温泉が湧いているので、トレッキング後の湯に浸かるのも楽しみのひとつ。岩木山南麓、嶽(だけ)温泉に通じる桜並木は20kmに渡り、世界一の長さと言われています。
重要無形民俗文化財の「お山参詣(おやまさんけい)」では、白装束に身を包んだ参拝者たちが、登山囃子が響く中で唱文をとなえながら集団で岩木山神社を目指します。イベント「レッツウォークお山参詣」に申し込めば、この行事に参加することもできます。
所在地:青森県弘前市百沢東岩木山
アクセス
弘前バスターミナルから岩木山スカイライン8合目までのバスあり。(スカイライン往復乗車券2,550円)
8合目~9合目はリフト利用可
9合目から山頂までは徒歩約40分
地図
津軽岩木スカイライン
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「津軽富士」への道。
青森・岩木山へ続く名物の69連ヘアピンカーブ、津軽岩木スカイライン。
新緑と残雪が織り成すダイナミックな景色は、まさに東北ならではの迫力。
出典 Instagram
津軽岩木スカイラインの特徴
津軽岩木スカイラインは、青森県で初めての有料自動車道で、県道弘前~鯵ヶ沢線の嶽温泉をすぎ、羽黒温泉郷付近から岩木山の8合目まで上る有料自動車道で、調査が開始されてから4年余りの歳月を費やし、昭和40年8月25日に開通したものです。全長9.8キロ、その間69カーブあり、起点から1キロのところにゲート(料金所)があります。このゲートからいよいよカーブの連続、密生するブナの原生林を上るにつれて視界もだんだん広がり、日本海の波打ち寄せる海岸が白く見えてまいります。終点駐車場へ近づくに従ってその雄大さを増し、北は遠く北海道の松前半島、津軽半島の権現崎と十三湖、なだらかな弧を描く七里長浜、そして鯵ヶ沢から大戸瀬へと一目で見渡せます。眼下には、神秘の黒ン坊沼が見え、晴天の日ですと日本海に浮かぶ北海道江差追分で知られる大島、小島も一望におさめられ、その豪壮な眺めは全国有料道路中等一と称されております。ターミナルでは主峰岩木山が目の前にそそり立ち白雲が足下をかすめ、高山特有の霊気につつまれます。駐車場から9合目の鳥の海(鳥海山)までリフトがあり、さらに山頂まで40分ほどで、ほどよいヒル・クライミングが楽しめます。
所在地:青森県弘前市
アクセス
東北自動車道大鰐弘前I.Cからアップルロード経由、車で約40分。
地図
嶽温泉郷
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青森県弘前市 嶽温泉郷♨ 小島旅館♨
今日も仕事の合間の湯活〜😆♨
岩木山のふもと岩木山麗嶽温泉〜😁👍
大好きな濁り湯〜😍😍😍
この嶽温泉は傷ついたキツネが湯浴みをしていたことから発見された温泉だそうです🦊
内湯は熱湯とぬる湯で2つあります😄
露天風呂はなしです❕
平日の昼間なので貸し切り状態🤣👍青森ヒバの湯船に硫黄泉〜😍たまらない🤣
今日は天気も良くて岩木山もキレイにみえる〜🥰👍泉質 硫黄泉
泉温 48.2℃
ph 2.03源泉掛け流し100%
仕事の疲れがとれた〜😆🤣🥰👍
午後からも仕事頑張ろう〜👍
出典 Instagram
嶽温泉郷の特徴
嶽温泉郷は、藩政時代から湯治場として知られ、長く人々に親しまれてきました。見晴らしのよい山麓に位置し、岩木山観光の拠点として多くの旅行者で賑わっています。周囲の高原は、作家・石坂洋二郎の小説『草を刈る娘』の舞台となり、その美しい風景は今も訪れる人の心を和ませます。
泉温は78度と高く、泉質は酸性・含硫黄―カルシウム―塩化物泉です。慢性関節リウマチや腰痛、創傷、痔疾、神経痛などに効能があるとされ、湯治や癒しを求める人々が訪れます。四季折々の景観とともに、歴史ある湯の恵みをゆっくりと楽しむことができます。
出典 Amazing AOMORI 嶽温泉旅館組合公式サイト
所在地:青森県弘前市常盤野湯の沢
アクセス
東北自動車道大鰐弘前I.Cからアップルロード経由、車で約40分。
地図
弘前市りんご公園
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かわいすぎるりんごの公園🍎
【 青森┊#弘前市りんご公園 】青森といえばりんご!
なんだけど、その中でも弘前市がりんご大国みたい🍎そんな弘前市にあるかわいすぎるスポットが
ここ、『 弘前市りんご公園 』♡敷地の入口のアーケードからテンションあがるし、
ポストもりんご📮(これは弘前駅付近にもあった!)屋内の『 りんごの家 』では
りんごの学習コーナーもあって楽しく学べるの♡Macの元の名前”Macintosh”もりんごの名前なの、知ってた?🥰
時計までりんごでかわいい〜〜!(最後の写真だよ)
出典 Instagram
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弘前市りんご公園の特徴
約9.7haの敷地に、80種、約2,300本のりんごが植えられております。園内には、りんごにこだわった商品が並ぶ「お土産コーナー」や軽食・喫茶コーナーがある「りんごの家」岩木山を一望できる「すり鉢山展望台」、市文化財の「旧小山内家住宅」シードルを醸造する工房「kimori」等、みどころ満載です。8月上旬から11月上旬まで、収穫体験(有料)もできます。また、季節に関わらず1年を通してりんごの店頭販売をしているりんごの魅力満載の施設です。
所在地:青森県弘前市清水富田寺沢125
アクセス
バス
JR「弘前駅」より弘南バスで約20分、「常盤坂入口」下車、徒歩約7分
車
東北縦貫自動車道「大鰐弘前IC」からアップルロード経由約20分
JR弘前駅前から約20分
地図
その他
岩木山神社(百沢字寺沢)(重要文化財:楼門、拝殿、本殿、奥門、瑞垣、中門)
禅林街(西茂森)
誓願寺(新町)(重要文化財:山門)
長勝寺(西茂森)(重要文化財:三門、津軽家霊屋、御影堂、本堂、庫裏、銅鐘)(県重宝:三尊仏およびその厨子堂、薬師如来三門本尊、津軽為信木像)(市指定有形文化財:黒門)
革秀寺(藤代)(重要文化財:津軽為信霊屋 、本堂)(市指定有形文化財:木造豊太閤座像)
栄螺(さざえ)堂 (西茂森)(市指定有形文化財。1839年(天保10年)頃、豪商が寄進。)
隣松寺(西茂森)(県重宝:久祥院殿位牌堂)
熊野宮(茜町)(県重宝:本殿)
巌鬼山神社(十腰内字猿沢)(県重宝:本殿、鰐口 慶長九年奉納銘)
袋宮寺 (新寺町)(県重宝:本堂、十一面観世音立像)
円明寺(新寺町)(県重宝:本堂)
報恩寺(新寺町)(県重宝:本堂)
本行寺(新寺町)(県重宝:護国堂)
西光寺(新寺町)(県重宝:木彫阿弥陀如来立像)
西福寺(新寺町)(県重宝:円空作十一面観音像、円空作地蔵菩薩像)
貞昌寺([新寺町)(市指定有形文化財:木造釈迦涅槃造)
大仏院(石川字大仏)(市指定有形文化財:木造十一面観音坐像)
乳井神社(乳井字外ノ沢)(市指定有形文化財:社殿(旧毘沙門堂)- 1655年建立、五輪搭 – 鎌倉時代)
重要伝統的建造物群保存地区 – 弘前市仲町伝統的建造物群保存地区
旧弘前藩諸士住宅(旧笹森家住宅)
旧伊東家住宅(若党町)
旧岩田家住宅(若党町)
旧梅田家住宅(若党町)
石場家住宅(亀甲町)
旧石戸谷家住宅 (川合岡本)
揚亀庵(亀甲町)市指定有形文化財 茶室(津軽藩ねぷた村内)
旧「角三」呉服店店舗
旧青森県尋常中学校本館
旧東奥義塾外人教師館
旧第五十九銀行本店本館
日本基督教団弘前教会教会堂
旧弘前市立図書館
弘前学院外人宣教師館
旧弘前偕行社
カトリック弘前教会教会堂
旧第八師団長官舎
日本聖公会弘前昇天教会教会堂
旧藤田家別邸(藤田記念庭園洋館)
旧制弘前高等学校外国人教師館
旧弘前無尽社屋
木村産業研究所
弘前中央高校講堂
弘前市役所庁舎
弘前市民会館
弘前市立病院
弘前市立博物館
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アートホテル弘前シティ
アートホテル弘前シティの特徴
弘前駅から徒歩約1分。弘前の自然・伝統美・モダニズムを融合した癒しの空間
古の時代から日本人には自然を愛し、自然との調和を楽しむ心がありました。豊かな森、澄み渡った青く高い空、満開の桜、大地の恵みである林檎・・・。弘前の自然・伝統美・モダニズムを融合させたジャパニーズコンテンポラリースタイルと最上級のホスピタリー。ここを訪れるお客様が、もっと癒されますように。楽しいことも、嬉しいことも。私たちの歩みは常にお客様とともに。・・・あなたに至福という日常を。
出典 一休公式サイト
住所:青森県弘前市大字大町1-1-2
地図
お問い合わせ:0172-37-0700
アクセス
■飛行機をご利用場合
○青森空港まで(国内線)・・・羽田・伊丹・名古屋・札幌より毎日就航
○青森空港から・・・【路線バス】青森空港より路線バスで約60分
■車をご利用の場合
○東北自動車道・・・大鰐・弘前I.Cより車で約15分
■新幹線・電車をご利用の場合
○新幹線/新青森駅・・・東京駅から最速2時間59分(乗車3時間9分)
○新青森駅から弘前駅・・・約35分
○八戸から弘前駅まで(JR特急つがる/乗車1時間42分)
料金
食事なし2名税込7,780円〜
口コミ
・受験の下見、受験、合格後の引っ越し前日と…
受験の下見、受験、合格後の引っ越し前日と今回が3回目の宿泊でした。駅から近利便性はよく、徒歩圏内に飲食店も多い。1階にはセブイイレブン。今回は二人でダブルであったのをツインに無料で変更していただきゆっくり休めました。ありがとうございます。弘前で一番安心して宿泊できるホテルと思います。
・弘前の定宿 朝から元気!
駅近,部屋広,部屋風呂広め,タオルが気持ち良く,なにより朝ごはんが美味しい。
さらに、スタッフの方も感じよく、洗濯乾燥機が3台と、本当に素敵で便利な環境です。一階のセブンもグー
清潔に掃除されているところが多く,古い部分も順繰りとアップデートされている印象なので、これからもお世話になり続けます!
出典 一休公式サイト
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