埼玉県入間市の見どころ 名所 人気の観光スポット 旅の情報!彩の森入間公園、ジョンソンタウン、加治丘陵・狭山丘陵、高倉寺観音堂、円照寺の板碑、旧石川組製糸西洋館..
こちらでは埼玉県入間市の名所、人気の観光スポット、美しい自然景観、絶景、神社仏閣などのパワースポット、日本遺産、文化遺産、歴史遺産、美術館、博物館、歴史的建造物などの特徴と魅力を動画、画像とともにご紹介します。また、入間市周辺のホテル、旅館、宿泊施設もこちら
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入間市について
位置
入間市は、都心から40キロメートル圏に位置する緑に恵まれたまちです。面積は44.69平方キロメートルで東西9.3キロメートル、南北9.8キロメートルの菱形をなしており、周囲は、埼玉県所沢市、狭山市、飯能市及び東京都青梅市、瑞穂町にそれぞれ接しています。
地勢
市域全体は、海抜60メートルから200メートルのややなだらかな起伏のある台地と丘陵からなり、市東南端と西北端には、それぞれ狭山丘陵と加治丘陵とがあり、市域の約10分の1を占める茶畑とともに緑の景観を保っています。また、市の西北部には荒川の主支流である入間川が流れ、中央部に霞川、南部に不老川がそれぞれ東西に流れ、優れた景観をなしています。地質は、地表が軽い植質壌土で、地下は関東ローム層と呼ばれる砂壌土質の洪積火山灰土でそれぞれ形成され、肥沃な地味は茶樹、野菜等の栽培に適しています。
交通
入間市の鉄道網は、私鉄の西武鉄道池袋線とJR八高線の2路線です。前者は、都心へ通じる主要交通機関であり市民の通勤通学者のほとんどが本線に集中しています。なかでも入間市駅、武蔵藤沢駅の利用者が多くなっています。後者の八高線は、市の最西端を縦断する路線ですが、地域住民にとっては重要な交通機関となっています。次に、道路は首都圏外周部の環状路線である一般国道16号をはじめ、299号、407号と、463号の4路線が、また県道として青梅入間線外8路線があり、地域交通上の基幹道路として重要な役割を担っています。また、平成8年に首都圏中央連絡自動車道(圏央道)が開通し、入間インターチェンジが国道16号と接続したことで、広域的機能を高めた交通網を形成している。
路線バスは、そのほとんどが入間市駅を起点として運行されています。近年、自家用車等の著しい普及がみられますが、バスを唯一の交通手段としている市民も多く、バス路線の整備拡充を望む声は依然として高くなっています。産業
入間市の産業は、総体的には製造業を中心におおむね順調な伸びを示しています。それは、地場産業である製茶業及び繊維工業に加え、わが国産業の主軸をなす京浜工業地帯の影響を受けて、昭和44年の武蔵工業団地の造成とともに、電気、機械工業等が中心的役割を担ってきました。いわば、製茶業等の自然的特性と首都圏近郊に立地しているという地理的好条件が本市産業の量的成長及び質的発展に大きな役割を果たしてきたといえるでしょう。特に製茶業に関しては、狭山茶(埼玉県下全般に生産されるお茶の総称)の主産地であり、その生産量、栽培面積も県下一を誇っています。しかしながら、昭和40年代から50年代にかけて、人口急増による都市化が進むなかで、土地利用及び市民の生活環境は大きな変化を示し、本市の産業構造も主軸であった第二次産業から第三次産業へとその中心が変わってきています。
観光
加治丘陵・狭山丘陵といった丘陵地は自然に恵まれ、県内ではここでしか見れない植物等も生息しています。そのゆるやかな起伏は、ハイキングコースとしても最適の地です。また、高倉寺観音堂、円照寺の板碑といった国の重要文化財や、登録文化財である旧石川組製糸西洋館などもあり、これらを目的に、この地を訪れる人も多くなっています。こうした武蔵野の面影が残る一帯を、市では、7つのコースからなる「元気な入間 ふれあい茶ん歩(さんぽ)道」として整備しています。
出典 入間市公式サイト
彩の森入間公園
彩の森入間公園の特徴
出典 彩の森入間公園公式サイト
所在地:埼玉県入間市向陽台2丁目1−21
アクセス
西武池袋線「入間市駅」から徒歩15分。
首都圏中央連絡自動車道「入間インターチェンジ」から、国道463号を所沢方面へ約5キロメートル。
地図↓

ジョンソンタウン
ジョンソンタウンの特徴
ジョンソンタウンは、米軍ハウスと呼ばれる平屋のアメリカン古民家と平成ハウスと呼ばれる現代的低層新築住宅が、樹々の間に点在して建っている自然豊かなレジデンスプレース。そこにはアメリカの郊外の街並を想わせるイメージがあります。
米軍ハウスは、まさにその歴史に愛着を感じることのできる家。三角屋根のダブルゲーブルハウスで白い横張りの板壁が昔ながらの趣を残しています。
平成ハウスは、米軍ハウスの雰囲気を継承しつつ現代的建築基準で新築したハウス。陽が注ぎ込む大きな窓に、解放感あふれる吹き抜け天井の広いリビングルーム。これらの雰囲気を楽しみながら暮らすことは他では得ることのできない喜びです。歴史を継承しつつ安全快適に暮らせる街。それがジョンソンタウンです。
所在地:埼玉県入間市東町1丁目6−1

加治丘陵・狭山丘陵
加治丘陵・狭山丘陵の特徴
加治丘陵・狭山丘陵といった丘陵地は自然に恵まれ、県内ではここでしか見れない植物等も生息しています。そのゆるやかな起伏は、ハイキングコースとしても最適の地です。また、高倉寺観音堂、円照寺の板碑といった国の重要文化財や、登録文化財である旧石川組製糸西洋館などもあり、これらを目的に、この地を訪れる人も多いです。こうした武蔵野の面影が残る一帯を、市では、7つのコースからなる「元気な入間 ふれあい茶ん歩(さんぽ)道」として整備しています。
出典 入間市公式サイト
動画:入間市の里山 加治丘陵
高倉寺観音堂
高倉寺観音堂の特徴
高倉寺は、天正年(1590年)に高麗郡中山村(飯能市)にある能仁寺の末寺として第三世 材室天良禅師が開山したといいます。
第二世 泰州禅師は高徳博識で知られた人で、東京の芝増上寺から震丹伝来の十一面観音菩薩の尊像を貰い受けました。その後、延享元年(1744年)に第五世 白翁亮清が、この観音像を安置するため、もと飯能市白子の長念寺に建てられてあった観音堂を譲り受け移築しました。この観音堂は室町時代初期建造物とされ、現在国重要文化財に指定されています。観音堂 国指定重要文化財(昭和24年指定)
観音堂の平面形態は方三間で周囲に縁を持ちます。正面の産間と側面の手前市間を桟唐戸として、内法貫上には弓形の欄間を設け、側面の中央一間に花頭窓を配しています。柱は粽柱で軒は一軒扇垂木となっており、屋根は長刀反をもつ入母屋造で、建立当時は茅葺でしたが、現在は茅葺様銅板葺に改められています。関東地方における禅宗様式の代表的な建造物の一つです。堂内の本尊背後におかれている鉄製灯篭は室町期に流行した形式を伝えています。
また、観音堂内には、中村芝翫(のちの四代目中村歌右衛門)の「九変化」の扁額が保存されている。これは、鳥居派五代目清満の作と伝えられており、江戸の小高亀吉が江戸時代に奉納したもので演劇史上、貴重な資料となっています。
出典 曹洞宗光昌山 高倉寺公式サイト
Temple walk in Japan お寺巡り 曹洞宗高倉寺 埼玉県入間市
住所:埼玉県入間市高倉3-3-4
お問い合わせ:04-2962-2912

円照寺の板碑
円照寺の板碑の特徴
国指定 重要文化財(考古資料・昭和38年2月14日指定)
元加治(もとかじ)駅のすぐ近くにある円照寺は、丹治(たんじ)姓の武蔵武士・丹党(たんとう)加治氏の菩提寺である。阿弥陀(あみだ)三尊を本尊とする真言宗の寺院で、康元元年(1256)に高野山(和歌山県)から丹党の氏神である丹生(にう)明神を勧請し一族の鎮守とした。
板碑とは、中世に作られた石造の卒塔婆(そとば)で、板石塔婆(いたいしとうば)ともいう。石材は、緑泥石片岩(りょくでいせきへんがん)(通称・青石:あおいし)を用いている。円照寺では、鎌倉時代から戦国時代にかけての板碑を40基以上所蔵しており、そのうち6基が国指定重要文化財となっている。鎌倉幕府の御家人であり、北条得宗家(とくそうけ)の御内人(みうちびと:直属の家臣)でもあった加治氏累代の歴史を知ることができる貴重な歴史資料であり、なかでも元弘(げんこう)3年銘と嘉元(かげん)3年銘の板碑は、鎌倉幕府の歴史を語る板碑として全国的に有名である。出典 入間市公式サイト
住所:埼玉県入間市野田158

旧石川組製糸西洋館
旧石川組製糸西洋館の特徴
旧石川組製糸西洋館の世界
石川組製糸
石川組製糸は、石川幾太郎が明治26年(1893)に創始した製糸会社である。当初はわずか20釜の座繰製糸(手工業)でスタートしたが、明治27年にはいち早く蒸気力を利用した機械製糸に切り替え、日清・日露戦争の戦時景気に乗って瞬く間に経営規模を拡大した。 最盛期には、現在の入間市にあった3工場をはじめ、狭山市や川越市、県外でも福島県・愛知県・三重県・福岡県に工場を持ち、大正11年度(1922)の生糸の出荷高では全国6位を記録するなど全国有数の製糸会社に成長した。なお、海外との取引が多かったことから、ニューヨーク五番街にも事務所を設置している。
しかし、関東大震災による損失や昭和恐慌、それに生糸に代わる化学繊維(レーヨンなど)の出現などの影響により経営不振に陥り、昭和12年(1937)に解散した。石川幾太郎
石川幾太郎(1855年から1934年まで)は、黒須村(現在の入間市黒須)で石川金右衛門とだいの間に六男三女の長男として生まれた。
明治12年(1879)には代々続いた茶園を継いで製茶仲買商となったが、その後茶業を辞めて製糸業に進出し、一代で石川組製糸を全国有数の会社にした。入間地方の経済の担い手として、一時は武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)の社長にも就任している。
また、幾太郎は、弟の和助が熱心なキリスト教信者であったことから、この勧めでキリスト教に入信している。このことは石川家家憲や工場経営にも大きな影響を与えている。一般に製糸業では女工の過酷な労働が伝えられているが、石川組製糸では女工の積極的な教育に取り組むなど、慈愛に満ちた雇用形態を行っていた。旧石川組製糸西洋館
西洋館は、幾太郎が取引先のアメリカの貿易商を招くに当り、「豊岡をみくびられてはたまらない。超一流の館を造って迎えよう!」と決意し、大正10年(1921年)頃に建設した迎賓館である。
設計は東京帝国大学(現在の東京大学)で西洋建築を学んだ室岡惣七(むろおかそうしち)が、建築は川越の宮大工関根平蔵(せきねへいぞう)がそれぞれ担当した。
建物は洋風木造建築で、2階建ての本館に平屋建ての別館が接続している。外壁は、本館・別館ともにタイル調の化粧タイル貼だが、別館にはテラゾー(人工石)により柱や長押の和風の意匠が見られる。また、屋根も、本館はビップゲーブル(半切妻造)で洋瓦葺(創建時はスレート葺)、別館が寄棟造で桟瓦葺としている。外観は、本館と別館で統一を図りながらも、それぞれ洋館と和館のイメージを表現した造りになっている。
館内は、戦後進駐軍に接収され改造を受けた箇所もあるが、全体的に当時の様子を良くとどめている。部屋ごとに特色のある天井の造形や床の寄木模様、照明器具、玄関ホールの大理石製の暖炉や一木で作られた階段の手すり、海外から取り寄せただろう特注の調度品等からは、当時の石川組製糸の繁栄の様子がうかがえる。
現在は、国登録有形文化財(平成13年11月20日登録)になっている。出典 入間市公式サイト
所在地:埼玉県入間市河原町13-13

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