軽井沢町の観光スポット 文化遺産 建築 アート 自然 絶景 パワースポット巡り 長野県北佐久郡軽井沢町への旅行ガイド

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ショー記念礼拝堂 長野県軽井沢町の人気観光スポット
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長野県北佐久郡軽井沢町の見どころ 名所 人気の観光スポット 旅の情報!旧軽井沢銀座、諏訪神社、軽井沢会テニスコート、軽井沢ユニオンチャーチ、聖パウロカトリック教会、ショー記念礼拝堂、日本基督教団軽井沢教会、万平ホテル、つるや旅館、ミカドコーヒー、チャーチストリート軽井沢、ブランジェ浅野屋、フランスベーカリー、中山のジャム、沢屋、白樺堂、サトウシューズスタジオ、土屋写真館、ちもと総本店、元祖 軽井沢彫 大坂屋家具店、旧三笠ホテル、八田別荘、幸福の谷、旧細川侯爵邸の桂並木、三笠通りのからまつ並木、旧スイス公使館(深山荘)、雲場池、軽井沢レイクガーデン、塩沢湖、 白糸の滝、竜返しの滝、赤滝、千ヶ滝・御影用水、軽井沢野鳥の森、旧碓氷峠見晴台、追分宿、信濃追分文化磁場油や、ホテル鹿島の森、軽井沢高原教会、石の教会・内村鑑三記念堂、軽井沢コモングラウンズ..

こちらでは長野県北佐久郡軽井沢町の観光名所、おすすめスポット、人気の観光地、美しい自然景観、絶景、神社仏閣などのパワースポット、日本遺産、文化遺産、歴史遺産、美術館、博物館、歴史的建造物などの特徴と魅力を動画、画像とともにご紹介します。また、軽井沢町周辺のホテル、旅館、宿泊施設もこちらから予約出来ます。

軽井沢町について

標高1000mの高原に広がる軽井沢。美しい自然に恵まれ、明治21年に初めて別荘が建てられて以来、国際的保健休養地として、国内有数のリゾート地として発展してきました。浅間山をはじめとする山岳、湖沼や滝などの自然、落ち着いたたたずまいの別荘地、周辺ののどかな山村など、軽井沢に居を構えた作家や画家たちが愛した風景は今も健在。四季折々に姿を変え、私たちを魅了します。

⾃然

涼しく清らかな風土を感じる

町の北部は浅間山を最高峰とする国立公園・上信越高原国立公園に含まれ、自然の観光スポットが多く点在する軽井沢。冷涼な高原には、瑞々しく葉を広げる自然林が残り、清らかな水をたたえる湖沼や滝、さまざまな草花が見られます。グリーンジーズンには、ハイキングやサイクリングなどアクティビティもおすすめです。

ショップ

涼しく清らかな風土を感じる

心地よいロケーションの中で楽しむ衣食住のショッピング。有名ブランドのアウトレットショップ、インテリアや雑貨、スポーツ、アウトドア用品など約200店舗が揃う軽井沢・プリンスショッピングプラザをはじめ、清流と木立に囲まれてこだわりの店が点在するハルニレテラス、趣ある旧軽井沢など、目的に合わせて選べます。

リゾート

涼しく清らかな風土を感じる

兼ねてより国内屈指のリゾート地として発展してきた軽井沢には、今も格式高いラグジュアリなホテルや結婚式場が揃います。ゆっくり流れる時間と雄大な自然に囲まれ過ごす特別感は、この場所ならではの醍醐味。おいしい食事と上質なお酒、仲間との楽しいおしゃべりで、身も心もリフレッシュし、明日への鋭気を養います。

クラシック

涼しく清らかな風土を感じる

明治時代の軽井沢は、その美しい自然と気候に感銘を受けた宣教師・アレキサンダー・クロフト・ショー氏をきっかけに、外国人からの人気が高まり、西洋文化を色濃く残す建物、ハイセンスな店やグルメが集まりました。老舗レストランでの食事や美しい建築物の散策など、今なお残るクラシカルな街をご堪能ください。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

旧軽井沢銀座

旧軽井沢銀座 長野県軽井沢町の人気観光スポット

旧軽井沢銀座

旧軽井沢銀座の特徴

旧軽井沢のメインストリート。約750mの旧軽銀座銀座通りの両側には、老舗のベーカリーや、コーヒーショップ、お土産や食べ歩きのお店が並びます。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢878

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旧軽井沢銀座商店街 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢878
★★★★☆ · 商業地

軽井沢観光会館

軽井沢観光会館の特徴

軽井沢観光会館は、木造のレトロな外観で旧軽井沢商店街のシンボル的存在です。1階ホールは、町の観光情報の提供や宿泊施設の紹介などを行う総合案内所となっており、散策やショッピングの合間の休息スペースを併設しています。1階の観光展示スペースでは、地形模型を展示。また見どころを紹介する視聴覚スペースがあります。館内は、無線LANホットスポットになっておりますので、無料でインターネットに接続できます(コンセントの利用はできません)。公衆トイレは有料で1回100円となります(身障者無料/障害者用トイレ・更衣室・おむつ交換所も備えております)。2階「軽井沢鉄道ミニ博物館」では、軽井沢の鉄道関係の貴重な資料の展示も行っております。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢739

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軽井沢観光会館(案内所 会議室 イベントスペース) · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢739
★★★★☆ · 観光案内所

明治四十四年館(旧軽井沢郵便局舎)

明治四十四年館(旧軽井沢郵便局舎)の特徴

旧軽井沢に建てられた旧郵便局舎。木造2階建、寄棟造瓦葺。建築面積は181㎡。シンメトリーな構成になる正面には下屋を設け、中央に玄関を突出しています。外壁はドイツ下見板張で、移築時に建築当初の色彩に戻されました。軽井沢における洋風建築の佳品です。登録有形文化財(建造物)

出典 文化庁公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町長倉塩沢261−1

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明治四十四年館 · 〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町長倉塩沢261−1
★★★★★ · 史跡

諏訪神社

諏訪神社の特徴

軽井沢地方開拓当初、信州一宮諏訪大社から分霊勧請された軽井沢郷の鎮守産土神。旧軽井沢銀座通り近くにひっそり佇み、元旦の「新年祭」、二月の「節分祭」、八月の「例大祭」では毎年恒例の花火大会で賑わい、十一月の「七五三祭」など一年を通して多くの人が訪れています。境内では、7つの神木より発せられる気を込めたお守り「神樹守」が人気です。古木・大木が多く、神気が満ち溢れていることからパワースポットとしても知られています。また、神前結婚式を行える神社として神秘的な雰囲気の中、門出をお祝いすることができます。

出典 軽井沢ナビ公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢865

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諏訪神社(軽井沢) · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢865
★★★★☆ · 神社

軽井沢会テニスコート

軽井沢会テニスコートの特徴

軽井沢にテニスコートが出来たのは明示25年(1892年)ごろと歴史の本には記載されています。当初は2面のテニスコートから始まり、序所に増面されて、現在のようになったみたいです。現天皇陛下もこのコートでテニスをされていました。歴史あるクレイコートは今でも丁寧にメンテナンスされています。クラブハウスも当時のものでこれもウイリアム・ヴォーリスの設計です。会員制になっていて一般の人はプレーすることが出来ません。現在コートは12面あります。

出典 軽井澤銀座商店会公式サイト

所在地:長野県軽井沢町軽井沢736−1

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軽井沢会テニスコート · 〒389-0102 長野県軽井沢町軽井沢736−1
★★★★☆ · テニス クラブ

軽井沢ユニオンチャーチ

軽井沢ユニオンチャーチの特徴

明治30年(1897年)軽井沢合同基督教会として、ユニオンチャーチが設立されました。国籍も教派も問わず誰もが集える教会として作られましたが当時は外国人のために作られたもので日本人の利用は有りませんでした。現在でも夏になると大勢の外国人の方が集っています。今でも設立当時の思想を守り続けている教会です。教会そのものは夏期以外は閉まっていますが、日本語学校は通年開校されています。有名な建築家ウイリアム・ボーリスの設計で改築されています。

出典 軽井澤銀座商店会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢862

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軽井沢ユニオン・チャーチ · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢862
★★★★☆ · キリスト教会

聖パウロカトリック教会

聖パウロカトリック教会の特徴

昭和10年外国人の別荘は300戸を越し滞在人数も1300名以上になっていました。新たにこの聖パウロ教会がこの年新たに造られました。設計はアントニン・レイモンドです。カソリックの教会として現在も活動しています。毎週週末になると結婚式が行われているのを見かけます。

出典 軽井澤銀座商店会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢179

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軽井沢聖パウロカトリック教会 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢179
★★★★☆ · カトリック教会

ショー記念礼拝堂

ショー記念礼拝堂 長野県軽井沢町の人気観光スポット

ショー記念礼拝堂

ショー記念礼拝堂の特徴

軽井沢の避暑地としての開拓者ショーを記念して作られた教会です。現在軽井沢に建てられている教会の中では一番古い建物です。聖公会系の教会として現在でも活動しています。

出典 軽井澤銀座商店会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢57−1

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日本聖公会軽井沢ショー記念礼拝堂 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢57−1
★★★★☆ · 英国国教会

日本基督教団軽井沢教会

日本基督教団軽井沢教会の特徴

明治38年(1905年)日本基督教団軽井沢教会が設立され、現在の軽井沢教会の前進が出来ました。この教会はユニオンチャーチの創設者ダニエル・ノルマン氏が日本人のための教会として造ったものです。軽井沢の避暑地としての発展の中に教会は大きな働きをしてきました。現在では軽井沢には11の教会が有りますが旧軽井沢には4つの歴史ある教会が有ります。

出典 軽井澤銀座商店会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢786−1

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日本基督教団 軽井沢教会 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢786−1
★★★★★ · 教会

万平ホテル

万平ホテル 長野県軽井沢町の人気観光スポット

万平ホテル

万平ホテルの特徴

その昔、軽井沢は宿場町として栄え、浅間山を望む景勝地として知られていました。しかし明治に入り、宿駅制の廃止と碓氷新道の開通とともに衰退の一途をたどります。そんな寂れた軽井沢が生まれ変わるきっかけをつくったのが、カナダ人英国聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー(以下、ショー)でした。1886年(明治19年)ショーと、帝国大学の教師ジェームズ・メイン・ディクソンが万平ホテルの前身となる旅籠「亀屋」に滞在したことがすべての始まりです。その際、英語も西洋料理も知らなかった万平は懸命にもてなし、その体当たりの親切に感動した2人は、帰京した際、軽井沢の良さを広く宣伝したと言われています。万平は今後の軽井沢でホテルの重要性が高まると考え、1894年(明治27年)に「亀屋」の屋号を「亀屋ホテル」に変更し、欧米風の外国人専用ホテルとして再出発します。さらにその2年後に外国人が発音しやすいよう「MAMPEIホテル」に改名しました。万平ホテルが現在の地、桜の沢に移転してきたのは1902年(明治35年)。当時の建物は現存せず、現在のアルプス館は1936年(昭和11年)に「日光金谷ホテル」や「富士ビューホテル」などを手掛けた久米権九郎の設計により誕生します。アルプス館完成の約5年後、太平洋戦争が開戦。戦後の一時期は、将校専用の休養向けスペシャルサービスホテルとしての役目を果たし、激動の時代を経て、軽井沢と共に歴史を重ねてまいりました。昭和40年代にはアタゴ館、アサマ館が増築、さらに2001年(平成13年)にはウスイ館を新築、国内外の財界人著名人などを数多くお迎えし、広くお客様に愛されてきました。2018年(平成30年)にアルプス館は登録有形文化財に登録され、2024年(令和6年)には創業130周年記念事業の大改修を経て、再び歩み始めました。

出典 万平ホテル公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢925

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万平ホテル · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢925
★★★★☆ · ホテル

つるや旅館

つるや旅館の特徴

創業400年、軽井沢の昔を今につなぐ場所

つるや旅館は、江戸時代初期に、中山道の宿場町軽井沢宿の休泊茶屋、旅籠鶴屋として開業しました。明治に入り、宣教師たちの軽井沢への往来が始まると、つるやは旅館業に転じ、日本風の建物のまま、西洋風な雰囲気を取り入れました。その後、大正には、多くの文人たちが泊まられました。芥川龍之介、室生犀星、堀辰雄らが、暖かな雰囲気の中で執筆を行いました。そして、今、幾度かの改装を重ねながら、軽井沢の昔を今につなぐ旅館として、歴史を守り続けています。https://www.tsuruyaryokan.jp/index.html

出典 つるや旅館公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町旧軽井沢678

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つるや旅館 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町旧軽井沢678
★★★★☆ · 旅館

ミカドコーヒー軽井沢旧道店

ミカドコーヒー軽井沢旧道店の特徴

1948年に創業者金坂景助が東京・日本橋に開業した際に彼は舶来品であり、まだ一般庶民にとっては高くて口に入りづらかった「コーヒー」を先見の明を持って「将来は諸外国並みに気軽に飲める時代がくる」と予測していました。
「コーヒー豆は外国から入ってくるが、その生豆のコーヒーを焙煎して、実際に飲めるように手がけるのは日本人。そして日本人が焼いたコーヒー豆を、日本人が飲む」。金坂は、外国の飲み方、味をそのまま提供するのではなく、日本人の味覚にあったコーヒーの味、飲み方があるのではないかという考えにたどり着きました。
社名を考える際に「日本人が作るコーヒーが世界に通用する味を作る会社」という志のもと、かつて彼が見たオペラより着想し「MIKADO(ミカド)コーヒー」となりました。軽井沢旧道店ではレトロ感溢れる店内で美味しいコーヒーとモカソフトをゆっくりとご堪能下さい。

出典 ミカドコーヒー公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢786−2

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ミカド珈琲 軽井沢旧道店(モカソフト) · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢786−2
★★★★☆ · カフェ・喫茶

チャーチストリート軽井沢

チャーチストリート軽井沢の特徴

旧軽井沢に佇むショッピングモール

マス化されていない軽井沢”らしさ”を追求した飲食店やショップが30店弱存在しております。チャーチストリート軽井沢で「ご自身の軽井沢」を発見してみて下さい。

出典 軽井沢観光協会公式サイト チャーチストリート軽井沢公式サイト

https://youtu.be/u3AF_BSisSg?feature=shared

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢601−1

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チャーチストリート軽井沢(Church Street Karuizawa) · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢601−1
★★★★☆ · ショッピング モール

ブランジェ浅野屋

ブランジェ浅野屋の特徴

1933年(昭和8年)創業者 浅野良明が東京・麹町6丁目に浅野屋商店を開業し、食料品の一部としてパン・菓子の製造をしたことが浅野屋の始まりです。当時の麹町は各国の大使館の多いエリアで、フランスパンやドイツパンなどのヨーロッパスタイルのパンが人気になりました。

軽井沢の地で80年余り

1940年に避暑で東京を訪れる外国人外交官や家族からの要望を受けて夏季出張所を開設し、1944年には常設店をオープン。外務省より物資の配給元として指定され、戦時中同地に疎開されている外国の方向けに酒類・パンの配給業務を行っていました。

それから軽井沢の地で80年余り。浅野屋の歴史に軽井沢あり!今では軽井沢に3店舗を構えています。

出典 ブランジェ浅野屋公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢738

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ブランジェ浅野屋軽井沢旧道本店 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢738
★★★★☆ · ベーカリー

フランスベーカリー

フランスベーカリーの特徴

1951年(昭和26年)より旧軽井沢銀座に店舗をかまえて以来、別荘で過ごされる方や観光で訪れる方から愛されるパン屋さん。

フランスベーカリーの歴史

1945年 万平ホテル

戦後、アメリカ統治下の軽井沢万平ホテルは、GHQの将校・高官のためのリゾート施設として接収されました。

戦前、横浜の地でフランス菓子の職人として腕をふるっていた当店の創業者である田村寅次郎が、万平ホテルにベーカーチーフ(パン・洋菓子部門の責任者)として招かれ、当時としてはまだまだ日本には馴染みの薄い洋菓子・パン類を外国のお客様に提供し、大変喜ばれていました。

1951年 創業

その後、昭和26年に接収が解除。

それを機に外国人の多い旧軽井沢で独立を決意し、フランスベーカリーを開業しました。外国のお客様に覚えていただけるよう「French bakery」日本のお客様にもわかるように「フランスベーカリー」と命名。

「French bakery」と「フランスベーカリー」のどちらが正しいのか? とのご質問をお受けしますが、当店としてはどちらも大切な名前です。

出典 フランスベーカリー公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢618

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フランスベーカリー · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢618
★★★★☆ · ベーカリー

中山のジャム

中山のジャムの特徴

創業、明治三十八年。宣教師伝来の薫りと味わい。軽井沢の歴史と共に、それが旧軽井沢銀座 中山のジャムです。避暑地・軽井沢の心地良さ、爽やかさをジャムに託して皆様にお届けいたします。

軽井沢ジャムの歴史

1886(明治19)年カナダ・トロント生まれの宣教師アレキサンダー・クロフト ・ショー氏が軽井沢を訪れました。そして、その美しい自然と清涼な気候にすっかり魅了され、彼は自分の家族や友人達と避暑に訪れるようになりました。ショー氏の友人のとして多くの外国人宣教師たちが軽井沢に別荘を求め、毎年避暑にやってくるようになりました。このようにして、軽井沢を楽しみにやって来た外国人宣教師たちは軽井沢の地元の人々にキャベツやレタスなどの西洋野菜の栽培方法を指導したり、パンのつくり方をおしえるようになりました。

初代・中山丈平は外国人宣教師からジャムの製法を学び、1905(明治38)年に「中山のジャム」を創業いたしました。

出典 中山のジャム公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢750−1

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中山のジャム · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢750−1
★★★★☆ · 自然食品店

沢屋

沢屋の特徴

1952年、旧軽井沢テニスコート通りに小さな青果店として誕生した沢屋は、滞在する外国人宣教師や各国大使の別荘に新鮮な野菜や果物を届けていました。お客様の声に応え、無添加・低糖度の手作りジャムづくりを始め、甘さ控えめの味わいが口コミで広まります。やがてジャム専門店へと生まれ変わりました。青果店時代から店頭に並んでいた宣教師ゆかりのルバーブは、今も「ルバーブジャム」として愛され続ける定番商品です。また創業当時の1950年代、軽井沢には亡命ロシア人が営むロシア料理店もあり、その味を受け継ぐ形で沢屋の“ピロシキ”が誕生。ひき肉やゆで卵、玉ねぎをたっぷり包んだ香ばしい揚げ生地と、紅玉りんごを使った「りんごのピロシキ」は、どこか懐かしくも新しい、軽井沢の歴史を味わえる逸品です。

出典 沢屋公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢811−2

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沢屋 旧軽ロータリー店 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢811−2
★★★★★ · 土産物店

白樺堂

白樺堂の特徴

白樺堂は、1948年創業の、軽井沢でも老舗のジャム&菓子工房です。1950年代初めに粘土のかまどを手造りし、あんこを炊き始めたのが、白樺堂のお菓子造りの始まりです。
その後、あんこの炊き方とジャムの造り方が似ていたことから、1960年代に浅間山麓の木の実を元に、白樺堂のジャム造りが始まりました。ジャムやお菓子、お土産など軽井沢のスィーツをご用意しております。

出典 白樺堂公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢605

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ストリートビュー(白樺堂 旧軽井沢銀座本店)· Google マップ
〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢605

サトウシューズスタジオ

サトウシューズスタジオの特徴

軽井沢は、明治時代半ばに外国人宣教師によって見いだされた避暑地です。
明治19年、旅の途中で軽井沢に立ち寄った宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーは、浅間山のふもとに広がる雄大な風景と爽やかな気候に感激。早速別荘を構えるとともに、多くの友人達にその魅力を伝えたことから、中山道の一宿場町は「国際リゾート」というまったく新しい歴史を歩み始めることになりました。
生活の基盤を支えていた江戸時代の参勤交代が廃止され、存亡の危機に瀕していた街道沿いの旅籠の主人達にとっても、それは千載一遇のチャンスでした。彼らは外国人たちから西洋ライフ指南を受けながら、ホテルやベーカリーといった外国人向けビジネスへと転換を図りました。

旅籠『萬屋』の主人・佐藤五三郎も、”軽井沢の村長さん”と慕われた宣教師ダニエル・ノーマンから「靴屋をやってみてはどうだ?」と勧められ、果敢に横浜修行に出かけていったベンチャー精神あふれるひとりでした。
こうして今から約115年前の明治36年、外国人避暑客で賑わうメインストリート(現・旧軽井沢銀座通り)中央に、「シューズメーカー G・サトウ」が誕生したのです。

当時の靴はすべてオーダーメイド。お客様ひとりひとりのお客様の足を丁寧に採寸し、木型を作り、何度も何度も調整を重ねて1足の靴を仕上げました。
夏の間、軽井沢に長期滞在するお客様にとって、じっくり腰を据えて自分の足に合った靴をあつらえることができることはとても便利で都合の良いことでした。いつしかサトウは評判を呼び、都会の本宅に戻られてからも「靴はサトウで」とご要望をいただくほどになりました。
『お客様が本当にご満足いくまで、徹底してリクエストに応える』という企業理念は、まさにこの時代に培われたものでした。

大正から戦前にかけての軽井沢は、日本人ハイソサエティの華やかな夏の社交場として一段の成熟の時を迎え、サトウのお客様も華族や政財界の方々など、そうそうたる人物が名を連ねました。本物を見抜くことに一切の妥協を許さなかった昭和の粋人・白州正子さんからオーダーが入ったのもそんな時代。先代当主が何度自信作を持参してもやり直しの連続。物づくりの本質を根底から教え込んでいただいた逸話は大切な財産となっています。

戦後の高度成長にあわせて、靴を取り巻く世界も大きく変化。機械靴と呼ばれる工業製品の質が飛躍的に向上するとともに、軽井沢を訪れるお客様の層も多彩に広がりました。サトウもシューズメーカーから仕入販売へと転換の時代を迎えました。

私どもサトウシューズスタジオは軽井沢の自然を愛し、自然なスタイルを大切に、今後もお客様ひとり一人に喜ばれる靴を提供して参ります。

出典 サトウシューズスタジオ公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町1178 ウエスト

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サトウシューズスタジオ · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町1178 ウエスト
★★★★☆ · 靴店

土屋写真館

土屋写真館の特徴

軽井沢の歴史が垣間見られる写真店です。 もとは小林一茶も泊まった軽井沢宿の旅籠でしたが、明治39年(1906)に写真館として創業。 軽井沢の昔の写真が手に入る店として有名です。 モノクロの写真が展示、多くの人が写真を見に訪れます。

出典 土屋写真館公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢619

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土屋写真店 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢619
★★★★☆ · 写真館

ちもと総本店

ちもと総本店の特徴

創業300年の和菓子店。沖縄産黒糖を使用した求肥に、信州産くるみを練り込んだ看板商品のちもと餅と、軽井沢の天然氷を使用したかき氷がおすすめ。

出典 ちもと総本店公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢691−4

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ちもと総本店 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢691−4
★★★★☆ · 和菓子屋

元祖 軽井沢彫 大坂屋家具店

元祖 軽井沢彫 大坂屋家具店の特徴

大坂屋家具店の創業は1892年、明治25年になります。令和元年となる2019年で127年目を迎えました。軽井沢彫りの元祖として初代川崎巳次郎が外国人宣教師や外交官の要望に応え、外国人向けの彫刻を施した家具の製作を始めました。軽井沢彫りの始まりを記した書物『かるいさわ 郷の華』によると川崎巳次郎が日光の店の暖簾分けとして「権現商会支店」という看板で明治25年に日光や鎌倉から商品を仕入れ、販売を行っていました。そして明治41年に2軒の外国人向けの彫刻を施した家具店が出現したと記されています。一軒は川崎巳次郎でもう1軒は清水兼吉。この頃には軽井沢の地で製作した作品が出来たと言われています。創業当時の品として三井三郎助別荘(明治33年)の家具が大坂屋家具店に寄贈されており、三井三郎助の別荘家具は初代川崎巳次郎が手掛けたものと言われています。

初代川崎巳次郎の創業当時は「権現商会支店」そしてその後「川崎商店」、2代目土屋寅五郎が婿となって家業を受け継ぐことになり、その時に徳川時代から続いている屋号『大阪屋』(以前は旅籠であった)に改め、現在の「大坂屋家具店」と変遷していきました。

1977年(昭和52年)の夏、美智子さまと紀宮さまが大坂屋家具店の工房に見学にお越し頂きました。紀宮様の伝統工芸の学習の一環として軽井沢彫りの制作過程をご覧頂きました。その際に美智子様より「お針箱はできますか?」とご依頼を頂戴し、美智子様の描かれたスケッチを元にオーダーメイドのお品を製作させて頂きました。その時に紀宮様がキーホルダーが欲しいとのことで現在の女将が一緒にお店にお連れしたそうです。その写真には大坂屋家具店の現在の女将がいないという微笑ましいエピソードもございます。

明治・大正・昭和・平成そして令和と120余年の間に製造された軽井沢彫家具が何代にも渡って大切に使い続けられています。時代の流れと共に、別荘用の家具としてだけではなく、日常の生活でもお使いいただけるよう、デザイン・仕様・彫刻装飾・彩色などに工夫を重ねてまいりました。そして2014年には長野県百年企業の「信州の老舗」に受賞致しました。現在4代目の土屋強平の「伝統を守りながら、新しい技を生み出す努力を決して怠らない」という考えのもと、次の100年を目指してまいります。

出典 大坂屋家具店公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢629

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大坂屋家具店 元祖軽井沢彫 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢629
★★★★☆ · 家具店

旧三笠ホテル

旧三笠ホテルの特徴

設計・施工が日本人の手による明治後期の純西洋式の木造ホテル。明治・大正時代を築いた著名人が訪れた面影を今に伝えています。昭和55年5月、国の重要文化財に指定。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

所在地:

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八田別荘

八田別荘の特徴

八田別荘は、明治26年(1893)に八田裕二郎氏によって建てられた、軽井沢における日本人初の別荘です。100年以上経った今でも建築当時の姿で保存されており、「別荘地 軽井沢」を語る上で、とても重要な歴史的建築物です。

​裕二郎氏は旧海軍大佐であり、群馬県の霧積温泉へ療養に来た際に、峠を越えた軽井沢を訪れ、高原の気候を楽しみました。また、海外生活が長く語学が堪能であったため、英国人たちと話が出来る軽井沢を気に入り、土地を購入します。その後、明治26年(1893)に建てた木造2階建の建物が、八田別荘です。
​最初に購入した時の土地は現在よりも西側に広がっており、軽井沢本通りに面していたため、現在の敷地に対して正面の向きが変則的な配置となっています。

電気、水道共に創建時には引かれておらず、水は建物北東部に井戸を掘って使っていたようで、井戸の跡は現在も見ることができます。また、電気はランプを使い、夜出かけるときには提灯を下げて灯りとしていたそうです。「八田」と記された提灯は「こんばんは提灯」と呼ばれていました。軽井沢に配電されるようになったのは大正3年(1914)で、八田別荘は昭和の始め頃にランプから電灯に換わりました。

建物西側にはお地蔵様が据えられていますが、これは明治43年(1910)の大洪水の時、上流から流れてきたもので、流れ着いた場所を安住の地とするべきとの助言を受けて、庭に安置されています。

八田裕二郎氏は別荘を建てた後、日本人に夏の転地療養に高原の軽井沢へ別荘を建てることを勧めました。そうして軽井沢が避暑地へと開けて行くに伴い、夏期滞在者にとって相互の連絡、交流、救護、自衛及び交渉のための組織が必要になり、外国人避暑客の間に公益委員会という組織が作られます。さらに、公益委員会を恒久的な団体にしようという動きから、内務大臣から財団法人設立の許可を得て、大正5年(1916)12月1日に軽井沢会の前身である軽井沢避暑団が設立されました。
裕二郎氏は軽井沢避暑団設立当時の理事を務め、世話役の一人となっています。また福井県にて衆議院議員総選挙に当選し、東京福井県人会の第2代会長も務めました。自宅は東京都小石川に在りましたが、軽井沢避暑団の仕事にも従事し、終生軽井沢のために尽力されました。

八田別荘は裕二郎氏の没後、3代にわたり120年以上受け継がれてきましたが、平成26年度に軽井沢町へ建物を寄贈、用地を売却していただき、現在は町が保管しています。

出典 軽井沢町公式サイト

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幸福の谷

幸福の谷の特徴

長野県軽井沢町、旧軽井沢のはずれ、軽井沢万平ホテル裏手の別荘地帯にある、小さな谷が幸福の谷。幸福の谷(ハッピーバレイ)の命名者は、この谷に別荘を構えた外国人たちで、現在も閑静な別荘地帯なため、案内板もありません。カラマツ林のなか、苔むした石垣と石畳が続き、夏でもひんやりとして、凛とした空気が漂っています。

出典 信州Style公式サイト

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旧細川侯爵邸の桂並木

旧細川侯爵邸の桂並木の特徴

川端康成が書いた軽井沢の『高原』に登場した旧細川侯爵邸の桂並木

川端康成の小説『高原』に描かれた細川侯爵邸は、軽井沢の別荘地の典型である。『高原』は日中戦争が苛烈になった昭和14年(1939)軽井沢高原を舞台に書かれた短編小説。その中で若い男女が、姉の奨めで細川侯爵邸を訪ねるが樅・落葉松・桂の並木が美しいことを文章で綴っています。川端が楡と書いた並木は事実は桂でした。大正7年(1918)ごろ植えられた桂に女性的なやさしい姿と、樅の男性的で強く天を指しているのと、その中間に落葉松が細身を率直に伸ばしているのと、それぞれを工夫した配合でないかも知れませんが、格好な対照が感じられたと川端は語っています。そのあたりに、ほかの木がまじっていないのもよかったと述べています。

これらの並木道は一間以上の幅員があり、細川さん一家の乗馬の道にもなっていました。『高原』が書かれて、80年間の歳月を経ているにもかかわらず、現在旧細川邸を訪れると木々は成長していますが、樹木の配合も形態も、その当時のままに見ることができます。「植えられた時の秩序を、今も保っている」と川端が言っている通りです。細川邸は自動車メーカー、前田邸は化学繊維会社の所有になりましたが、庭園や建物は一部を除いて建設当時の景観を保存されています。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

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三笠通りのからまつ並木

三笠通りのからまつ並木の特徴

旧軽井沢ロータリーから、旧三笠ホテルに続く道。それが「三笠通り」です。道路中央の落葉松並木を挟み、上りが旧三笠ホテル方面、下りが軽井沢駅方面に向かう、2本の道がまっすぐと伸びる美しいレーンです。左右に分かれた道には高低差があり、高いほうはかつて草軽電気鉄道が走っていた線路の名残なのだそう。貿易商社「野澤組」の野澤源次郎氏が別荘地の造成にあたり、このあたりに落葉松を植林したことから、この美しい道は生まれます。三笠通りは、新日本街路樹百景にも選出されています。

出典 cocodoco 軽井沢公式サイト

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旧スイス公使館(深山荘)

旧スイス公使館(深山荘)の特徴

旧スイス公使館は深山荘として昭和11年(1936年)頃に前田郷という別荘地に集合型貸別荘として建てられました。第二次世界大戦中は軽井沢に疎開していたスイス公使館に公館として使われました。各国在日公館が軽井沢疎開したため、外務省は三笠ホテル(現重要文化財)に軽井沢出張所を設け各国の大使・公使の窓口としました。スイス公使館は三笠ホテルの向かいに位置し各国外交団の中心的役割を担い疎開生活の食料調達等の交渉にあたりました。終戦後、軽井沢親善協会事務所として使われた後、大学の夏季寮として長年使用されました。外国人により別荘地として見出され発展してきた軽井沢町が、戦争という局面においても外国人を受け入れてきたという歴史を物語る重要な建造物です。

出典 文化庁公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字深古屋1369-21

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雲場池・雲場川風致地区

雲場池・雲場川風致地区の特徴

「スワンレイク」とも呼ばれる小さな池は、水面に映る四季折々の自然が美しく、とても落ち着いた雰囲気の場所です。雲場池周辺は約1kmの散策路となっており、のんびり歩きながら景色を楽しむことができます。新緑や紅葉の季節は特に素晴らしく、軽井沢を代表する景勝地です。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢

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軽井沢レイクガーデン(レマン湖)

軽井沢レイクガーデン(レマン湖)の特徴

軽井沢レイクガーデンは、豊かな水をたたえた湖を中心に、8つのエリアをもつ広大なナチュラルガーデンです。

イングリッシュローズガーデン
イングリッシュローズを中心に160種のバラが咲き誇るエリア。

ウッドランド
晴天時に丘にあがると浅間山の眺望が素晴らしい宿根草と樹木のエリア。

ラビリンスローズガーデン
宿根草とバラの競演が楽しめる、石に囲まれたウッドランド内のエリア。

フレグランスローズパス
日本最大級のバラの小径で香り豊かなバラを存分に楽しめるエリア。

レイクサイドパス
水辺の植物と浅間フウロの群生が見どころの小径。

睡蓮の池
色とりどりの睡蓮が咲くエリア。

フレンチローズガーデン
フレンチローズを中心とし、クレマチスとバラのパーゴラが魅力のエリア。

出典 レイクガーデン公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町発地342−59

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塩沢湖・鷲穴用水

塩沢湖・鷲穴用水の特徴

江戸時代に造成された「鷲穴用水」(わしあなようすい)を引き込んで造られた塩沢湖。春の芽吹き、夏の深い緑、秋の鮮やかな紅葉、氷に包まれた冬景色と、四季折々の美しい風景を見せてくれます。湖畔には多彩なレクリェーション施設や美術館が点在しています。

出典 旅案内 たびあん公式サイト

所在地: 北佐久郡軽井沢町塩沢湖217

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白糸の滝

白糸の滝 軽井沢町の人気観光スポット

白糸の滝

白糸の滝の特徴

湯川の水源にあるこの滝は、高さ3 m、幅70mの岩はだより数百条の地下水が白糸の如くに落下し、実に美しい滝です。春はさわやかな新緑に包まれ、夏の季節には滝しぶきと涼風が訪れる人々を楽しませ、秋はまばゆいばかりの紅葉が十分に目を楽しませてくれます。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

所在地:

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竜返しの滝

竜返しの滝の特徴

円形の滝壺に水が渦巻いて数珠玉を連ねたように見えたことから、別名「すずが滝」とも呼ばれています。竜返しの滝という呼び名については、明治中頃に竜の如く大きな蛇が対岸に渡ろうとした際に川に落ちてしまい、そのまま滝下の激流にのまれ姿を消したという伝承に由来しています。

出典 軽井沢ナビ公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町長倉小瀬

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赤滝(血の滝)

赤滝(血の滝)の特徴

追分から石尊山への登山道の途中にある血の池より流下する赤褐色の滝で、別名血の滝とも呼ばれています。

出典 軽井沢町公式サイト

所在地:

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千ヶ滝・御影用水

千ヶ滝・御影用水の特徴

千ヶ滝は、浅間の湧水が流れる千ヶ滝沢の上流にある高さ20m、幅2mの滝です。浅間山の溶岩流の端から流れ落ちた水は、ごつごつした岩肌の合間を縫うようにして流れていきます。うっそうとした木立に囲まれた静かな滝壺までは、渓流沿いにハイキングコース「せせらぎの道」が整備されています。

千ヶ滝は、御代田町や小諸市に農業用水を供給する御影用水の水源でもあります。江戸時代に開削された御影用水には、上堰と下堰の2ルートがあり、千ヶ滝を水源とする前者に対し、後者は湯川を水源としています。

出典 軽井沢ナビ公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町長倉

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軽井沢野鳥の森

軽井沢野鳥の森の特徴

軽井沢野鳥の森は、1974年に、全国で初めて国設の野鳥の森として指定された所で、かつては日本三大野鳥生息地と言われたところです。観光客や買物客でごった返す軽井沢駅周辺とは対称的な静かな森で、歩きやすい観察路があり、誰でも森林浴とバードウオッチングを楽しむことができます。

出典 エム ティ ラボ株式会社公式サイト

所在地:軽井沢町星野

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旧碓氷峠見晴台

旧碓氷峠見晴台の特徴

標高1200mに位置する、碓氷峠見晴台。長野県と群馬県の県境に位置し、東には妙義連峰、西には浅間山が見える素晴らしい絶景が楽しめます。見晴台入口には約4kmの遊歩道があります。

出典 軽井沢観光協会公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町峠町

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旧碓氷峠見晴台 · 〒389-0101 長野県北佐久郡軽井沢町峠町
★★★★☆ · 展望台

追分宿

追分宿の特徴

「追分宿」は、中山道六十九次のうち、江戸から数えて二十番目の宿場です。この宿は、古代に整備された官道時代から交通の要衝で、浅間根腰の三宿(軽井沢、沓掛、追分)」のひとつとして、元禄時代には旅籠屋71軒、茶屋18軒、商店28軒もあり、とても栄えていたと伝えられています。北国街道(北陸道)との分岐点でもあり「追分」の名はこれに由来します。宿場町の雰囲気を今も感じられ、軽井沢散策にうってつけの街道です。文学者たちに好まれた地でもあり、堀辰雄文学記念館や追分宿郷土館などの資料館もあるので、散策の途中で訪れてみてはいかがでしょうか。

出典 軽井沢ナビ公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町追分

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追分宿郷土館 · 〒389-0115 長野県北佐久郡軽井沢町追分1155−8
★★★★☆ · 地域歴史博物館

信濃追分文化磁場油や

信濃追分文化磁場油やの特徴

かつて、文化・知識人が好んで利用した元油屋旅館の建物を活用して、2012年から本とアートを中心とした様々な文化活動を行っているスポットです。旧油屋旅館の雰囲気をそのまま残した趣のある建物の中には、古本・レコード・ギャラリー・古美術・クラフトなどのお店が入っており、散策するだけで思いがけない作品と出会えるかもしれません。ギャラリーでのアート関連のワークショップやコンサートなどのイベント、また手作りクラフト作家の作品を展示販売する市場など様々な企画も要チェックです。

中山道追分宿で脇本陣であった旧油屋は、昭和13年に現在の位置に移転してから80余年、堀辰雄・立原道造・加藤周一に代表される文士・知識人たちが好んで執筆に利用した宿として、多くの作品の舞台となった旅籠でした。平成24年に「油やプロジェクト」を開始し、その由緒ある本館2F・和室5部屋を素泊まりの宿として再びお泊まりいただけるよう修復・改装をいたしました。

出典 軽井沢ナビ公式サイト 信濃追分文化磁場 油や公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町追分607

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信濃追分文化磁場油や · 〒389-0115 長野県北佐久郡軽井沢町追分607
★★★★☆ · アート ギャラリー

ホテル鹿島の森(旧鹿島の森ロッヂ)

ホテル鹿島の森(旧鹿島の森ロッヂ)の特徴

1889(明治22)年、碓氷峠のアプト式鉄道敷設工事が始まりました。日本建設史上においても有数の突貫工事といわれる大工事の大半を請け負ったのは鹿島岩蔵。鹿島組(現・鹿島建設)の二代目です。
1年9ヶ月にわたる工事の際、軽井沢に本拠地を置き、その美しい自然と冷涼な気候を気に入った彼は、後に万平ホテルの創業者・佐藤万平氏と共に、軽井沢精進場にあった長野県の種育場跡地15万坪を購入しました。ここで日本人用の貸別荘6戸を建てた岩蔵は、自らも日本人3人目の別荘保有者として軽井沢との縁を深めることになります。

からまつの林を過ぎて
からまつをしみじみと見き。

北原白秋は1921(大正10)年、軽井沢での滞在中に構想を得て、有名な抒情詩「落葉松」を発表しました。
この詩に代表されるような落葉松林のほか、軽井沢には多くの美しい並木道があります。それらは明治大正期、かつては草木の生えない荒れた湿地であった土地に、当時の有志たちが苦心して植樹したものです。
鹿島岩蔵が当時植えた落葉松も、やがて並木道グローブと謳われる美しい名所となりました。さらに大正期、美しい森は別荘地として分譲され、現在の「鹿島ノ森」へと系譜をつなげてゆきます。

1919(大正8)年、鹿島ノ森の別荘地に隣接して、「旧軽井沢ゴルフクラブ」が誕生しました。華族や実業者ら軽井沢に別荘を構える人々の構想から生まれた、日本で7番目のゴルフ場です。
昭和の始め、旧軽井沢ゴルフクラブの向かいには、東京新橋の老舗料理屋「花月」や銀座の高級理髪店「米倉」などが、夏の間の出張店を出して賑わいました。1956(昭和31)年、ゴルフクラブの宿泊宿として「鹿島ノ森ロッヂ」が誕生したのは、多くの政財界人が集まっていたその場所。美しい林の中のロッヂはやがて、夏の間の煌びやかな社交場として発展を遂げてゆきます。
昭和52(1977)年、全面改装されたロッヂは「ホテル鹿島ノ森」として生まれ変わりました。敷地の周囲に広がるのは往時と同じ、森閑とした小径。苔むした石組みには静かに木漏れ日がこぼれ、明治期の人びとが歩んだ道さながらに、訪れる人を和ませます。振り返れば、洋装に身を包んだ紳士淑女の笑いさざめく声さえ聞こえそうなほど…。今も「鹿島ノ森」を訪れれば、昔ながらの瀟洒な軽井沢に出会うことができます。

出典 ホテル鹿島ノ森公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1373−6

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ホテル鹿島ノ森 · 〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1373−6
★★★★☆ · ホテル

軽井沢高原教会

軽井沢高原教会の特徴

1914(大正3)年、中軽井沢のほど近くで開業した星野温泉旅館は軽井沢の中心地の賑やかさとは対照的に、緑豊かでその静けさの中でゆっくりと時間を過ごせる場所でした。

ここには当時を代表する文化人らが多く訪れていましたが、1921(大正10)年の夏、児童文学者の鈴木三重吉、画家の山本鼎、作曲家の弘田龍太郎、作家の島崎藤村、詩人の北原白秋らによって「芸術自由教育講習会」が星野温泉において開催されました。当時、子どもの個性を大切とする教育運動が盛んで、その教育運動の中心となる方々が星野温泉を愛用していました。時を同じくして星野温泉に訪れていたキリスト教思想家・伝道者であった内村鑑三も芸術自由教育講習会の特別講師の一人として招かれていました。

材木小屋を改装した粗末な場所が会場となり、翌夏からはその場所で「星野子供会」という子どもたちの集まりも開催されました。その様子を見守っていた内村鑑三が「子どもたちには善い学びと遊びをもって成長して欲しい」との思いを込めて『善遊善学』という言葉を残し、この集会所を「星野遊学堂」と名付けました。

後に軽井沢高原教会に改名されますが、100年の時が経過した現在も星野遊学堂の名は教会の建物正面に掲げられています。理念、思想、性別や年齢の区別なく、多くの人々の交流が生まれた「芸術自由教育講習会」を原点に始まった学び舎の歴史と伝統を、私たちは今も大切に守り続けています。

出典 軽井沢高原協会公式サイト

所在地:長野県軽井沢町星野

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軽井沢高原教会 · 〒389-0195 長野県軽井沢町星野
★★★★☆ · キリスト教教会

石の教会・内村鑑三記念堂

石の教会・内村鑑三記念堂の特徴

石の教会 内村鑑三記念堂は、明治期のキリスト教者・内村鑑三の「神が創造した天然こそが祈りの場である」という思想から生まれた教会です。設計者は、現代を代表するオーガニック建築家 ケンドリック・ケロッグ。この地を自らの足で徹底的に歩き、土地そのものからインスピレーションを受け、軽井沢の四季や内村鑑三の思想と深く響き合う、独創的な建築をかたちにしました。

出典 石の教会 内村鑑三記念堂公式サイト

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町星野

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石の教会 内村鑑三記念堂 · 〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町星野
★★★★☆ · 教会

軽井沢コモングラウンズ

軽井沢コモングラウンズの特徴

総面積約3500坪。かの青山学院女子短期大学中軽井沢寮をリノベーションした施設。歴史的な味わいを残しつつ、光の差し込む開放的な空間を演出。敷地内の樹木を大切に残しつつ、軽井沢らしい豊かな自然環境を作り出しています。地元の有名書店"軽井沢書店"はもちろん、長野県初出店となる"SHOZO COFFEE"など話題のお店が目白押し。樹々に囲まれた緑あふれる空間。

出典 インスタグラム

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町長倉鳥井原1690−4

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Karuizawa Commongrounds/軽井沢コモングラウンズ · 〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町長倉鳥井原1690−4
★★★★☆ · 店舗

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