杉戸町の観光スポット文化遺産 史跡 建築 流灯祭 自然 絶景 パワースポット巡り 埼玉県北葛飾郡杉戸町への旅行ガイド

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道の駅アグリパークゆめすぎと
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埼玉県北葛飾郡杉戸町の見どころ 名所 人気の観光スポット 旅の情報!杉戸宿の史跡、古民家、古い建物、古利根川流灯まつり、近津神社の見返り狛犬、道の駅アグリパークゆめすぎと..

こちらでは埼玉県北葛飾郡杉戸町の名所、人気の観光スポット、美しい自然景観、絶景、神社仏閣などのパワースポット、日本遺産、文化遺産、歴史遺産、美術館、博物館、歴史的建造物などの特徴と魅力を動画、画像とともにご紹介します。また、杉戸町周辺のホテル、旅館、宿泊施設もこちらから予約出来ます。

杉戸町について

杉戸町の地勢、交通

杉戸町は関東平野の中央、埼玉県の最東端に位置し、東は江戸川を隔てて、千葉県、南は春日部市、西は古利根川を境に宮代町、久喜市、北は幸手市に接しています。東西約10km、南北約7km、総面積30平方キロメートル 、標高約5~12mで、町の東部にある宝珠花台地を除くほとんどが標高10m以下の中川低地となっており、中川、倉松川等、多くの河川・水路が流れています。

鉄道は、東武鉄道日光線が通っており、杉戸高野台駅があります。杉戸町中心部の最寄駅は東武動物公園駅(東武伊勢崎線・日光線)である。同駅の所在地は南埼玉郡宮代町であるが、開業当時の駅名は杉戸駅でした。道路は、国道4号と新4号国道春日部古河バイパスがあります。

杉戸町の歴史

杉戸の地に人の営みが始まったのは、いつ頃なのでしょうか。これまでに発掘された遺跡などから、東部地域に広がる下総台地での発見が最も古く、この地域から約23,000年前の旧石器時代の石器が出土しています。このことから、すでに人々が生活していたことが、うかがい知れます。縄文時代に入ると気候が安定し、木津内や鷲巣・木野川で貝塚が形成されたのを見ると、人々もほぼ一定の地域で暮らすようになりました。弥生時代に入って大陸から稲作が伝わると、定住生活が始まって、やがて集落が形成されていきます。

杉戸にも地方豪族が出現します。豪族たちは、自分の力を誇示するために古墳をつくり、そこに鏡や剣、玉などの副葬品を納めました。杉戸町には、目沼古墳群や木野川古墳群があり、その中の一つ目沼10号墳は町指定文化財となっています。10号墳の墳頂にはかつて千間社が所在していたことから「浅間塚古墳」と呼ばれています。

律令の時代には、国―郡―郷里という行政単位となりました。現在の杉戸町の地域は、下総国の葛飾郡に属していたようです。

鎌倉時代には、武士が大きな力を持ち始め、その領地となる荘園も各地に生まれました。杉戸町域の全てが、下河辺氏が開発したといわれる下河辺荘に含まれていたようです。下河辺荘は、利根川や渡良瀬川などの河川交通も盛んであったようです。そのため、中世を通じて権力を握ったものたちが重要視していた荘園の一つでした。また、杉戸町域には、鎌倉街道も通っていました。いうまでもなく、鎌倉街道というのは、「いざ鎌倉」における重要なメインストリートです。そう考えますと、水陸交通の重要な地域がこの付近であったということでしょうか。

日光道中と日光御成道

江戸に幕府を開いた徳川氏は、五街道をはじめとする重要な街道を整えていきました。その五街道のひとつが日光道中です。日光道中は、江戸の日本橋と日光を結ぶ道、また宇都宮から分岐する奥州道中を兼ねていました。

現在、杉戸町を通っている国道4号線の旧道が日光道中の道筋です。杉戸宿は、江戸の日本橋から数えて、千住、草加、越谷、粕壁に続く日光道中五番目の宿場でした。日光御成道は、道筋として、かつての鎌倉街道とも重なる部分も少なくありません。日光社参の将軍が通行したことから、”御成道”といわれたようです。日本橋を起点に王子、川口、岩槻を経て、幸手で日光道中と結ばれていました。その日光御成道は、杉戸町内の下高野・下野地区を通っており、現在の県道岩槻-幸手線がその道筋です。この御成道の一里塚が現在も下高野地区に片側だけ残されており、県の文化財に指定されています。

杉戸宿

日光道中の江戸から数えて五番目の宿場

街道には一定の距離ごとに宿場(宿駅)が設けられました。宿場というのは、幕府の公用旅行者のための荷物を隣の宿場へと運ぶのが第一の役割でした。そのため、杉戸宿には、一日につき25人の人足と25頭の馬を出すことが定められました。宿場の第二の機能は、宿泊です。大名や貴人が泊まる本陣や脇本陣、主に一般の旅人が泊まる旅籠がありました。

大塚の神楽

天保14年調査の「宿村大概帳」という史料によると、当時の杉戸宿の規模は、本陣1軒、脇本陣2軒、家数365軒で、男789・女874人の人口というものでした。この史料には、杉戸宿に46軒の旅籠があったことも記されています。また、江戸時代の「商人鑑」という書き物には、杉戸宿の旅籠がいくつか紹介されています。宿場では定期市(六斎市)も開かれたりしていました。杉戸宿では、月の5と10の付く日に市が開かれ、五十(ごとう)の市と呼ばれていました。

利根川の改修と江戸川の誕生

戦国期から江戸時代にかけて河川改修が行われました。

利根川の改修と併せて、現在の江戸川の開削も行われました。この工事は、関宿から金杉までにかけての約18kmを掘るという大規模なものだったようです。また、ちょうどそのころ、武蔵と下総との国境が変更になりました。それまでは現在の古利根川がその国境でしたが、以降は現在の中川(庄内古川)に変わりました。これらの河川を利用しての水運が発達し、各地に物資の集積所となる河岸が誕生しました。杉戸町域の鷲巣にも矢畑河岸がつくられ、年貢米などがここから江戸へ運ばれたようです。

明治維新と杉戸町の誕生

近世村から近代の町村へ。

明治維新により、それまで武蔵国に属していた地域も、慶応4年に下総県となりました。明治2年には葛飾県が誕生し、県庁が流山市に置かれます。その後、明治政府は廃藩置県を行い、明治4年11月14日に庄内古川から西が埼玉県になりました。県では、この日を記念して県民の日を制定しています。
明治22年には、大日本帝国憲法の公布に続き、市制、町村制が実施され、杉戸町が誕生しました。これまでの埼玉県内にあった北葛飾郡・中葛飾郡の200余りの宿村は31の町村になりました。
東武鉄道が開通したのは、明治32年のことです。最初の開通区間として北千住から久喜までが開業し、杉戸駅(現在の東武動物公園駅)が開設されました。開業当時は、イギリス製の蒸気機関車が使われており、電車が走るようになったのは大正15年からです。鉄道の開通によって、物資の流通も河川交通から鉄道へと移っていきます。現在では地下鉄日比谷線・半蔵門線への直通電車も運転されており、鉄道による住民にとっての便益は、より大きなものとなりました。また、戦後のモータリゼーションによって道路交通網が発展すると、道路がもう一つの物流の主役となっていきます。

出典 杉戸町公式サイト

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杉戸宿、古民家、古い建物

杉戸宿の特徴

杉戸宿は日光街道の宿場町として栄え、西暦1616年(元和2年)に「杉戸宿」として下位塾され、2016年(平成28年)に400周年を迎えました。杉戸町内には旧日光街道沿いにある歴史を物語る史跡や昭和初期の建物(古民家)など杉戸宿の歴史やみどころが点在しています。

日光街道宿場巡り

日光街道(日光道中)とは江戸幕府によって整備された五街道のひとつで、江戸時代には日光道中または日光道と呼ばれていました。
江戸日本橋を起点とし、日光坊中(日光東照宮)までの総延長は36里3町2間(約142km)に及びます。
そこには21の宿場が設けられ、大名が宿泊・休憩した本陣、脇本陣などが置かれたほか、旅籠、木賃、茶屋や商店が建ち並び、町場を形成しにぎわいを見せていました。
この日光街道沿いに発展した埼玉県内の6つの宿場は「埼玉六宿」と呼ばれています。

​埼玉六宿

埼玉県を縦断するように走る日光街道。江戸日本橋から日光東照宮までの長旅を支える宿場として、草加宿、越ヶ谷宿、粕壁宿、杉戸宿、幸手宿、栗橋宿と、かつて埼玉県内には6つの宿場町がありました。それぞれに繁栄した町の各所にはいまもなお当時を思わせる史跡の数々が残されています。

出典 杉戸町観光協会公式サイト

埼玉県杉戸町の杉戸宿は日光道中5番目の宿場町でした。
約400年前の元和2年(1616)に江戸幕府の命によって成立。
江戸末期には人口1663人、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠が46軒あったと記録されています。

出典 あおぞらさんぽチャンネル

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古利根川流灯まつり

古利根川流灯まつりの特徴

杉戸町で毎年8月に開催される、夏の風物詩、古利根川流灯まつり。1つ1つの大型灯篭は、なんと畳一畳分。日本最大級の大型灯篭約250基の光の帯が川面を埋め尽くすさまは、まさに地上に降りた天の川のようです。​

この灯篭は、組み立て細工の要領で釘を使わずに全て町の人の手作りです。古利根川流灯まつりは「訪ねて見たい!-21世紀に残す日本の風景遺産100選-」(読売新聞社刊)にも選定され、県内外から多くの観光客が足を運ぶ観光イベントです。

古利根川流灯祭は、昭和初期頃に始まり、杉戸町と隣の宮代町との境を流れる古利根川を利用して、杉戸町・宮代町の商店会が協力し、「流燈曾」として、それぞれの店が工夫を凝らした灯篭を古利根川に浮かべる、店のPRを兼ねたイベントとしての祭りでした。

その後、一時中断しておりましたが、近隣市町のように特色のある、誇れるイベントのない状況を憂慮したした町民より「何か特徴のあるイベントで町おこしを」という気運が盛り上がり、杉戸町の「本町昭和会」(駅前商店会の有志)が中心となって、平成2年に今ある形の「古利根川流灯まつり」として復活されました。

出典 MAIDO!すぎと公式サイト

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近津神社

近津神社の特徴

落ち着いた雰囲気の「近津(ちかつ)神社」は、地元・清地村の鎮守社。
創建年代は不詳ですが、貞享元年(1684年)には社殿が建立されています。

”本殿の彫刻は、類を見ない素晴らしいものだった”とありますが、残念ながら平成時代の不審火で本殿とともに焼失しているそう。

境内には珍しい見返り狛犬がある。

出典 時々、旅に出る公式サイト

【杉戸 散歩】杉戸宿めぐり 日光街道街あるき 2023 Autumn 🎉Vlog 杉戸町 観光 流灯ふれあい館 杉戸宿案内人の会 Sugito Japantravel
コミュニティに「ほぼ日報」あれこれ書いています😺 東武動物公園駅からアクセス 杉戸町観光案内所「流灯ふれあい館」を起点にまち歩き 観光協会の杉戸宿めぐりイベントに参加、宿の文化財を観て歩く 杉戸宿案内人の会の皆さんにガイドいただきました ゆく先々で文化財の歴史・過去・現在を解説いただき理解が深まりました どうも...

所在地:杉戸町清地1-1-29

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道の駅アグリパークゆめすぎと

道の駅アグリパークゆめすぎとの特徴

アグリパークゆめすぎとは、農業を通じて「人と人とのふれあいの場」を提供する道の駅です。10.2ヘクタールの広大な敷地内には、農産物直売所や食堂あぐり亭、バーベキュー広場、農園など多彩な施設があり、家族や仲間で一日中楽しめます。

出典 埼玉県物産観光協会公式サイト  道の駅アグリパークゆめすぎと公式サイト

所在地:埼玉県北葛飾郡杉戸町大字才羽823-2

アクセス

公共交通機関

東武スカイツリーライン「東武動物公園駅」東口下車→朝日バス・関宿中央ターミナル行き「田宮農協前」(約20分)→徒歩約15分

・東北自動車道岩槻ICより国道16号経由約14km約30分
・首都圏中央連絡自動車道幸手ICより約6km約10分

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道の駅 アグリパークゆめすぎと · 〒345-0014 埼玉県北葛飾郡杉戸町才羽823−2
★★★★☆ · サービスエリア / パーキング エリア

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