さいたま市見沼区の人気観光スポット文化遺産 建築 自然 絶景 パワースポット巡り 埼玉県さいたま市見沼区への旅行ガイド

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見沼田んぼ さいたま市見沼区の人気観光スポット
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埼玉県さいたま市見沼区の見どころ 名所 人気の観光スポット 旅の情報!見沼田んぼ、染谷花しょうぶ園、旧坂東家住宅見沼くらしっく館、中山神社(中氷川神社)、萬年寺、常泉寺、大圓寺..

こちらでは埼玉県さいたま市見沼区の名所、人気の観光スポット、美しい自然景観、絶景、神社仏閣などのパワースポット、日本遺産、文化遺産、歴史遺産、美術館、博物館、歴史的建造物などの特徴と魅力を動画、画像とともにご紹介します。また、さいたま市見沼周辺のホテル、旅館、宿泊施設もこちらから予約出来ます。

さいたま市見沼区について

見沼区は、市の北東部に位置し、面積は10区中で2番目、人口は3番目の規模を有しています。

見沼区は、大砂土東、春岡、七里、片柳の4つの地区からなります。
区の東部には見沼代用水東縁、綾瀬川が流れ、南西部は芝川に近接し、河川に沿って水田や畑が広がっています。
区の北部には高層住宅群をはじめ計画的に形成された市街地が広がり、南部には見沼田んぼが広がるなど都市的な生活環境と自然の魅力が共存しています。

南西部では芝川に近接しており、河川に沿って水田のほか、花卉(かき)・花木や野菜栽培の畑などが広がり、背後の斜面林と一体となって見沼田圃の景観を作っています。
また、見沼代用水東縁沿いに緑のヘルシーロードが整備されており、見沼田圃の動植物や景観を楽しむことができます。
このほか、大宮南部浄化センターの自然庭園・みぬま見聞館、旧坂東家住宅見沼くらしっく館など、緑の文化ともいうべき地域資源が多くあります。

古くから主に農業が営まれ、「深作ささら獅子舞」や「砂の万灯」など歴史ある伝統文化を伝えてきました。

深作ささら獅子舞

市の無形民俗文化財のこの獅子舞は、竹製の「摺りザサラ」と笛の音にあわせて、大獅子、中獅子、牝獅子の3頭の獅子が勇壮華麗に舞うものです。毎年8月に深作氷川神社境内で行われます。

砂の万灯

砂の万灯は、市の無形民俗文化財であり、八雲神社(東大宮1丁目)の祭礼で、その歴史は古く江戸時代前期頃に始まったといわれています。万灯組は7組あり、都市化の影響で実現できませんでしたが、平成17年にすべての万灯の奉納が、12年ぶりに実現しました。

出典 さいたま市公式サイト

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見沼田んぼ

見沼田んぼの特徴

見沼たんぼは、東京都心から20~30km圏内に位置しており、約1260haという広大な面積を持つ、首都近郊における貴重な大規模緑地空間です。さいたま新都心駅や大宮駅などの主要駅から2~3kmという近さにありながら、たんぼや畑、雑木林、河川や見沼代用水によってつくられる田園風景と、 生きものを育む豊かな自然が現在も残されています。この地域の歴史はとても古く、独特の文化・伝統が継承されていることも特徴の一つです。首都近郊において、美しい風景と古い歴史を残し、様々な見所がある見沼たんぼは、多くの人を魅了し、親しまれています。

見沼田んぼの歴史

自然の時代 縄文時代~江戸時代初期

古代、海面は現在よりも高く、現在見沼たんぼのある地域は東京湾とつながる入江であり、旧浦和市域の3分の2が海底にありました。この地が海であった証拠に、見沼たんぼ周辺では縄文時代前期の貝塚が数多く発見されています。その後、約6000年前を境に海が後退し、入り江が東京湾と分離して、無数の沼・湿地が生まれました。見沼の誕生です。

溜井の時代 江戸時代初期~中期

江戸時代初期、 徳川家康の命により、江戸湾に流れ込んでいた利根川を銚子へ通す利根川東遷と荒川の流れを統合して耕地を安定させる荒川の西遷が始まります。この大土木工事は代官頭伊奈備前守忠次を始めとする伊奈一族により行われました。 この事業により、下流地域の水害の危険度は著しく低くなりましたが、その代わりに農業用水も不足するようになったので、貯水量を確保するために、 伊奈忠治により築造されたのが見沼溜井です。見沼溜井の築造は、寛永6年(1629年)に、見沼南端の両岸の距離が最も狭くなっているさいたま市の附島と、川口市の木曽呂との間に堤を築き、見沼への流入水を堰き止めることで行われました。この堤は長さが8町(約870m)あったことから、「八丁堤」と呼ばれています。 こうして、用水を貯めるために周囲40数km、面積1200haに及ぶ、平均水深1mの見沼溜井が完成しました。

田圃の時代 江戸時代中期~戦後

見沼たんぼが開かれたのは江戸時代中期、徳川吉宗の時代です。徳川吉宗 による幕府の財政改革(享保の改革)のため、土木技術家・井沢弥惣兵衛為永に、数多くあった池沼の新田開発が命じられました。その一つとして、享保12年(1727年)に八丁堤を切って見沼溜井 が干拓され、見沼たんぼが生まれました。そして、干拓された 見沼溜井の代わりとなる農業用水の確保のため、利根川から約60kmに渡って用水が引かれ、 見沼たんぼの西縁と東縁の台地にそって水路が掘削され、農業用水が供給されました。これが見沼代用水です。見沼たんぼが開かれてから、今日まで稲作が行われており、特に戦後は食糧増産を支える貴重な農業生産の場となりました。

水田からの移行期

長い間、水田として維持されてきた見沼たんぼですが、1950年代に入り、高度経済成長期をむかえると、東京都市圏の拡大に合わせて開発の圧力が高くなり、一部で住宅建設や学校・道路など公共施設への土地利用の転換が行われるようになりました。ちょうどその時期にあたる昭和33年(1958年)9月、狩野川台風 が関東地方を襲いました。この台風により、芝川下流域の川口市市街地が浸水するという大きな被害が発生しましたが、この時、見沼たんぼが自然の貯水池となって水を受け止めたため、下流の被害を抑えることができました。このことで、見沼たんぼの遊水機能が注目され、昭和40年(1965年)には、宅地化は原則として認めないとする「見沼三原則」が制定され、主に治水上の観点から開発抑制策が講じられるようになりました。

「大規模緑地空間」としての保全・活用の時代

その後、昭和45年(1970年)から米の生産調整により、水田から畑地への転換が始まりました。さらに昭和55年(1980年)頃からは著しい都市化や営農環境の変化により、農地や見沼たんぼの周辺に残されていた斜面林も減少するなど、見沼たんぼの土地利用が大きく変わりはじめました。また、農業の後継者不足から耕作放棄地が増加し、建設残土等の投棄が行われるなど、土地利用の混乱もみられるようになりました。しかし、一方では首都近郊に残された数少ない大規模緑地空間として見沼田圃を保全していこうという動きが活発になり、こうした状況を踏まえ、平成7年(1995年)4月に、『見沼三原則』に代わる新たな土地利用の基準として『見沼田圃の保全・活用・創造の基本方針』が策定されました。さらにこれを受け、平成10年(1998年)には、土地の買取りや借受けによる荒れ地化の拡大や新たな開発を防止して見沼たんぼの保全を図るために、公有地化推進事業が始まりました。

これからの見沼 ~見沼新時代~

見沼たんぼは、人と自然の共生、都市と自然の共存という新たな段階の時代を迎えています。農業生産の場を維持しつつ、市民共有の環境資産として認識する時代、すなわち「見沼新時代」です。長い歴史に育まれた見沼たんぼ独自の自然、歴史、文化を、これからも市民のかけがえのない環境資産として大切に守り育て、後世へと伝えていかなければなりません。

出典 見沼たんぼ公式サイト

所在地:さいたま市見沼区上山口新田

アクセス

JR「さいたま新都心駅」西口より徒歩30分

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見沼たんぼ首都高ビオトープ · 埼玉県さいたま市首都高速埼玉新都心線
★★★★☆ · 自然保護公園

染谷花しょうぶ園

染谷花しょうぶ園の特徴

出典

所在地:埼玉県さいたま市見沼区染谷2丁目248

アクセス

JR「大宮駅」東口よりバス 染谷新道方面行「染谷新道」下車徒歩約10分

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染谷花しょうぶ園 · 〒337-0026 埼玉県さいたま市見沼区染谷2丁目248
★★★★☆ · 植物園

旧坂東家住宅見沼くらしっく館

旧坂東家住宅見沼くらしっく館の特徴

片柳の加田屋新田を開発した坂東家の旧宅をほぼそのまま同位置に復元した野外博物館。木造平屋・茅葺きで建坪87坪。江戸時代末期の安政4年の建立で式台を持つ格式の高い住宅です。
「生きている民家」をテーマに「季節の行事」やそれにちなんだ展示、体験教室などを開催しています。

出典 さいたま観光国際協会公式サイト

所在地:埼玉県さいたま市見沼区片柳1266−2

アクセス

JR大宮駅東口から国際興業バス「中山神社前」バス停下車、またはJR北浦和駅東口から東武バス「富士見ヶ丘」バス停下車
JR「大宮駅」東口よりバス さいたま東営業所行き「三崎台」下車

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旧坂東家住宅見沼くらしっく館 · 〒337-0024 埼玉県さいたま市見沼区片柳1266−2
★★★★☆ · ヘリテージビルディング

中山神社(中氷川神社)

中山神社(中氷川神社)の特徴

中山神社は、さいたま市見沼区中川にある神社です。中山神社の創建年代等は不詳ながら、崇神天皇2年の創建だとも伝えられ、延喜式神名帳武蔵国足立郡四座の内の名神大社氷川神社に比定されるとも、大宮氷川神社・氷川女体神社と共に氷川神社を構成していたとも、また大宮氷川神社と氷川女体神社との中間に位置していることから中氷川神社と称されるともいいます。天正19年社領15石の御朱印状を拝領、明治6年村社に列格、明治40年には南中野・新右衛門新田・上山口新田・南中丸の各大字に祀られていた神社を合祀、中川の中と、上山口新田の山より中山神社と改称したといいます。

出典 猫の足あと公式サイト

所在地:埼玉県さいたま市見沼区中川143

アクセス

大宮駅東口から
国際興業バス(大12系統中川循環)「中山神社前」バス停下車

北浦和駅東口から
東武バス(岩02系統)「富士見ヶ丘」バス停下車

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中山神社(中氷川神社) · 〒337-0043 埼玉県さいたま市見沼区中川143
★★★★☆ · 神社

萬年寺

萬年寺の特徴

曹洞宗寺院の万年寺は、長昌山と号します。万年寺は、越生龍穏寺七世節菴良筠(天文13年寂)を開山として永正6年(1509年)に創建、天正19年(1591)には寺領20石の御朱印状を拝領、初鹿野傳右衛門昌吉(法名花岳浄蓮居士)が中興開基だといいます。享保12年(1727)に見沼代用水の工事を指揮した井澤弥惣兵衛為永は、当寺に事務所を置いたといい、碑が残されています。

出典 猫の足あと公式サイト

【寺院】大宮・萬年寺(埼玉)
大宮にある曹洞宗の寺院。江戸時代の見沼干拓事業の功労者・井沢弥惣兵衛の碑があり、現在でも見沼代用水の工事の際は安全祈願が行われるそうです。さいたま市見沼区

所在地:埼玉県さいたま市見沼区片柳1丁目155

アクセス

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万年寺 · 〒337-0024 埼玉県さいたま市見沼区片柳1丁目155
★★★★☆ · 仏教寺院

常泉寺

常泉寺の特徴

曹洞宗寺院の常泉寺は、黒雲山と号します。常泉寺は、雪菴壽欽(大永3年1523年寂)が創建、徳川家康の関東入国に際して天正19年(1591)に寺領10石の御朱印状したといい、染谷の里正淺子大學(法名茂菴昌繁居士)が中興開基したといいます。

出典 猫の足あと公式サイト

【寺院】大宮・常泉寺(埼玉)
大宮にある曹洞宗の寺院。本堂前の趣向を凝らした庭が目を引きます。雑木林と住宅に囲まれた静かな寺です。さいたま市見沼区

所在地:埼玉県さいたま市見沼区染谷3丁目242

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常泉寺 · 〒337-0026 埼玉県さいたま市見沼区染谷3丁目242
★★★★☆ · 仏教寺院

大圓寺

大圓寺の特徴

曹洞宗寺院の大圓寺は、鷲嶽山と号します。大圓寺は、染谷常泉寺4世禅恕宗明(天文12年1543年寂)が創建したといいます。新秩父三十四ヶ所霊場33・34番です。

出典 猫の足あと公式サイト

【寺院】大宮・大圓寺(埼玉)
大宮にある曹洞宗の寺院。庭の手入れが行き届いています。芝生の広場もあり近所の子供達の遊び場になっています。さいたま市見沼

所在地:埼玉県さいたま市見沼区風渡野335

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大圓寺 · 〒337-0017 埼玉県さいたま市見沼区風渡野335
★★★★☆ · 仏教寺院

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